京王線「新代田」駅の目の前に走るのは、東京の大動脈「環七通り」。
この環状道路を中野方面に歩き、左折すると環七の喧騒が消え失せ、路地を奥に進むに連れて竹の木立やたっぷりとした緑がそこここに見られる街並みが視界を占めます。
ここは羽根木の閑静な住宅地でありながら、森の別荘地のような閑寂さと端正な佇まいがたなびくエリア。

別荘地さながらのムードを醸す主は有名建築家が手がけた建築群で、今回訪れた「kitchen and CURRY(キッチンアンドカリー)」も「亀甲新(きっこうしん)」という低層の集合住宅の1階に入居しています。

「流しのカレー」屋さんがスタートだったという「kitchen and CURRY」

引き締まった黒色の木壁に凛とした格子戸。
看板を見なければカレー屋さんだとはわからない、モダンな和風のお店のガラス戸を抜けると、そこはカレーの香りがふんわりと満ちた、やわらかい空間です。
この“やわらかさ”を作るのは、場を共有する人たちやそこに置いてあるもの、お皿とスプーンがぶつかる音や笑い声、匂いといったものが偶発的に溶け合って一体となり、おそらく心というセンサーだけが受信できるもの。

どのテーブルにも生花が。おもてなしの心が伝わってくる

案内されたのは窓辺にある2人がけのカウンター席。
目の前には格子戸が透けて見える薄いカーテンがかかり、さっき歩いてきた路地がうっすらと映ります。
振り返ると、店内のあちこちに猫の置物が見えます。これは猫好きの店主のご趣味らしく、よく見ると置き物だけでなくタペストリーにも猫、メニューにも猫。おやおや、こんなあんなところにも!お店のやわらかさを作っている要素の1つに猫の存在があることを再確認。

お店では日々異なるカレーが3品提供され、この日は「九条ねぎとサーモンのカレー」「原木しいたけとチキンのキーマ」「旬野菜のサンバル」。1種から2、3種を組み合わせることもできます。

こちらは九条ねぎとサーモンのカレー(1,380円)+卵のアチャール(250円)。
野と海の幸がカレーというプラットフォームでドラマティックな出会いを果たす、和の風味を感じさせる味わい。写真を撮影していると「ご飯がカレーを吸ってしまうのが速いかも…」と、鍋とおたまを持ってきて足してくださいました(感謝!)。

シャキシャキのネギとふっくらジューシーなサーモンがたっぷり入った「九条ねぎとサーモンのカレー」

2種盛り(1,650円)は原木しいたけとチキンのキーマに旬野菜のサンバル。
原木しいたけとは、しいたけ菌を打ち込んだ原木に生える自然栽培のもの。
春先が旬でプリッとした肉厚の食感と軟骨入りのチキンキーマに絡み合い、絶妙な仕上がり。
お隣はたっぷりの野菜がゴロゴロ顔をのぞかせるサンバル。サンバルとは南インドで食される豆と野菜を煮込んだカレーのことで、この日の顔ぶれは里芋、プンタレッラ、ゴボウたち。インドの伝統と契約農家で大切に育てられた野菜とお店のカレー愛を掛け合わせたやさしい味わいが宿っています。そして、お隣のキーマカレーと混ぜ合わせて食べるとまたまた新しい景色が見えるはず。

2種のあいがけは「原木しいたけとチキンのキーマ」(左)「旬野菜のサンバル」(右)

どのカレーもスパイスも具材も生かされた抜群のチームワークを発揮したお味。
テイクアウトする人も多く、それも幅広い年齢層の方たちが受け取りに来られていたのが印象的でした。

お店と高知の中里自然農園によるフリーペーパー

カレーを堪能した後はお店界隈の散策へ。
kitchen and CURRYの店主の方によると、この素敵な建築群は「この一帯の土地を所有されている方が建築のお好きな方で色々な建築家の方に声をかけられたようです。ちなみに私たちのお店がある亀甲新という建物は『星のや 軽井沢』や『星のや 京都』などを設計した東利恵さんの建築なんですよ」。

江戸時代から続く地主さんが建築に造詣が深かったことから生まれた羽根木の一角

ちなみに亀甲新のお隣は「紙の建築家」として知られる坂茂(ばん しげる)氏が手がけた「羽根木の森」。
向かいには雑木林を囲む瀟酒なコンクリートのテラスハウスが連なる「羽根木インターナショナルガーデンハウス」。こちらは安藤忠雄の弟にあたる北山孝二郎氏の設計。そうそうたる顔ぶれが手がけた建築群は、建築ファンにはたまらない見応えのある一角といえます。

食後は2023年の6月にオープンした「Bole COFFEE & ICE CREAM(ボール コーヒー&アイスクリーム)」へ。
店内は文字通り「ガラス張り」。大きくとられたガラス窓の向こうにキッチンアンドカリーが入居する亀甲新の建物が、反対側にはコンクリートと木が共存する羽根木インターナショナルガーデンハウスのお庭が眺められます。ここは2方向に開けた、爽快な借景スペース。

お店は「羽根木インターナショナルガーデンハウス」の1階に入店
入り口側からは「亀甲新」の建物が望める。なお、入り口の脇にはテラス席も

「カレーを食べた後にここでお茶やアイスを楽しんで行かれる方が多いですね。実は僕もキッチンアンドカリーのファンでしょっちゅう食べにいってるんです」とは、お店のバリスタさん。

「Bole」のピスタチオアイスクリーム(500円)やブラウニー(450円)は自家製

カレーの後はひんやりと自家製アイスクリームで胃袋を満たしてもよいし、ハンドドリップのコーヒーをお供に緑深き羽根木の景観を心に焼きつけるのもよいでしょう。

外に出ると、通りには滋味をまとったカレーの香りがふわりとたなびいていました。
これが思いがけず渡されたお土産のようで、帰り道も幸せ。

information

kitchen and CURRY
東京都世田谷区羽根木1-21-24 亀甲新 1F
03-6304-7784
https://www.andcurry.com/