ここは巨大石像の見本市!?
丸子川に架かる曼珠沙華の赤色を思わせる大日橋を渡った途端、視界に宿った衝撃的な光景に一瞬、言葉を失いました。

閑静な住宅街の中に突然現れる真っ赤な橋はまるで異世界への入り口だ

参道の両側には羊、獅子、剣を手にしているものの正体不明の戦士と思しき像など。
神社仏閣の参道に置かれているのは狛犬や灯篭、という常識は大きく崩れ、魔界からの使者を思わせる一風変わった石像の存在感に圧倒されるばかり。

橋を渡ってすぐに、アルカイックスマイルを浮かべてこちらを見下ろす羊の像がある
一体誰なのか? なぜここに立っているのか? 入口から不思議でいっぱい

ここは世田谷区野毛にある「善養寺」(正式には真言宗智山派 影光山仏性院善養密寺)。
開山は祐栄阿闍梨で慶安五年(1652年)に遷化され、江戸時代に世田谷の深沢から現在の場所に移転してきたそうです。

武蔵野台地の崖線上という急勾配の地形に築かれているお寺は閑静な住宅街に隣接し、多摩川の川べりが近い立地とはいえ、誰しもたどり着けないような秘境感を感じさせます。

大きな五本指が印象的な神獣「獬豸(かいち)」や寺門守護に置かれた「猛虎(もうこ)」といった強烈な印象の像が睨みをきかせるなか、スミマセンと呟きながら古い門をくぐると、その付近にも木や石碑の影からまたもや大小の石像の数々が。少し歩くと、また石像を発見するという繰り返しで、とにかく驚きの連続なのです。

神社であれば狛犬がいる位置にいる「獬豸(かいち)」。大きな体には並々ならぬ迫力がある
見た目はこじんまりとしていて可愛い「猛虎(もうこ)」。よく見ると牙を剥いて威嚇しているように見える

この奇想天外な石像の数々について社務所の方に話をうかがったところ、「前住職がインドを訪問した際、仏教のおこりに関心を深めました。そこで、石仏を通して仏教を身近に感じてもらえたらと思い、境内に置き始めたのです。参道に置いてある石像の多くは昭和初期までにインドや韓国などから輸入されたもので、最近ではなかなか手に入らないものばかりです」とのこと。

一番奥の石像は確かにお釈迦様のよう。その他の個性的な石像たちとの組み合わせに見入ってしまう
梵字が書かれた石のブロックも。魔除けなのだろうか?

石像のテーマパーク的な顔を持つこのお寺は「世田谷百景」にも選ばれている守護樹「カヤの木」があることで知られています。寺伝では樹齢1,000年といわれるカヤは高さ約23m、幹周りが5mの巨木で、1年おきに実をつけるそう。地元の人たちから「カヤ寺」と親しみをこめられて呼ばれる、古くから善養寺のシンボル的な存在。幹の近くに立つと、しだれた枝葉が木漏れ陽を作り、森にやって来たかのような気分にさせてくれます。

このカヤには昔、この地に暮らした豪族の娘が助けたという沢蟹親子の恩返し伝説があり、木の下には2体の沢蟹の像が。また、お寺の近くを流れる多摩川の精と女神の石像も発見。多摩川の精ことカッパの「たま坊」、女神は亀の「たま妃」といいます。参道沿いの魔界のオーラを放つ巨大石像とは異なる、日本昔話のようなほんわかした世界観にしばし安堵。

カヤの根元に佇む「たま坊」と「たま妃」。ちょっととぼけた顔と心地よい木陰に癒される

一歩歩けば新たなインパクトある石像発見といった具合に、多種多様な石像群に目を奪われてしまいますが、本堂にかかる五色幕が密教系の寺院であることを思い出させてくれます。

そういえばお寺に来ていたんだった! 石像に心を奪われ、どこにいるのか思わず忘れそうになる

奈良の唐招提寺金堂をモデルに造られた天平様式の本堂前には「大日尊」の座像が。
この像は天皇の墓石にも使用されている安山岩製で10トンの岩から彫り出されたものだそう。

座像の背にはぎっしりと協力者であろう方々の名前が。地域で愛されているのがよく分かる
鐘楼の脇にもひっそりと佇む二体の石像を発見。お地蔵様のように見えなくもないがどんな歴史があるのか気になるところ

石像が所狭しと並ぶ境内でひときわ異彩を放っているのはヒンドゥー教の神であるガネーシャ像でしょう。
ヒンドゥー教徒に人気のある象顔の神様で、近隣に暮らすインド人たちから篤く信仰され、この日も2人のインド女性がお参りに来ていました。話をうかがうと、近くにインド寺院がないので、しばしばこのガネーシャ像に祈りを捧げるために訪れるそう。
フルーツやインド菓子が供えられ、エキゾチックな香りのお香の白煙が揺れるなかに佇むガネーシャ像やその足元に鎮座するシバリンガ(シバ神の化身)。インド人たちの崇敬を感じずにいられません。

きちんと靴も脱いでお参りするインドの方たち。ちなみに駐車場には丸っこいゾウの石像があり、その足元にはバナナが丸々一房供えられていた

ところで参道を見守るように立つ、剣を手にした戦士と思しき石像は「吾妻大権現」であることがお寺のリーフレットから判明しました。

巨大な戦士の正体は「吾妻大権現」。剣はぎらぎらと光っており、見上げていると厳かな気持ちになってくる

<吾妻大権現は、古代東日本に君臨した、関東武蔵国の王者のおくり名(諡号)です。ご本尊大日如来の化身を権現といい、当山法城と郷土をまもる守護神です。(中略)この王者は、五世紀の前半、多摩川を望む当山北の景勝の台地に、その強大な王権の象徴である関東最大級といわれる“野毛大塚古墳”を築造しました(後略)>

どこの国のどんな役目を担っていたのか、全く正体不明だったこの石像。
そのモデルは善養寺からほど近い野毛大塚古墳を作った豪族の長だったとは!

玉川野毛公園の一角に復元された、高さ約11mの野毛大塚古墳(5世紀)は子どもたちの格好の遊び場や夕暮れ鑑賞スポットとして人気の地域密着型の古墳。かつてここには「吾妻社」という神社が存在していたそうです。まさかこの古墳と善養寺参道で剣を持って寡黙な表情で佇む戦士像が繋がっていたとは。

開けた空間が気持ち良い野毛大塚古墳。取材日も幼稚園児たちや親子連れが訪れ、わいわいと遊んでいた

もしかしたら他の石像群にも、この地域の知られざる歴史を伝えるものが存在しているのかもしれません。

最寄り駅の東急大井町線「等々力」駅から善養寺まで徒歩約20分。
取材当日は倒木のため、等々力渓谷は通行禁止となっていましたが、通常だと渓谷散策を含めてかなりのアップダウンで体力を使うことが予想されます。

よって、ランチタイムには疲労回復を助けるバランスのとれた食事を意識したお店を選んでみました。
等々力駅近くの「オプティマムイーツ 等々力」ではタンパク質が豊富なラムやビーフ、チキン、魚のほか、野菜のデリも充実。ランチタイムにはサラダ、スープ、玄米かパンを選ぶことができます。
この日はタンパク質を所望し、「クレソンたっぷりチキンステーキ」(1,650円)や「カジキのグリル」(1,540円)をオーダーしました。お店にはビーガンメニューも用意されているので、菜食を好む方にもおすすめ。

「クレソンたっぷりチキンステーキ」。付け合わせにサラダもあるが他のものをチョイスしても野菜をたっぷり摂れる一品

善養寺のさまざまな石像は奇異、あるいは芸術として目に映るでしょうか。
まずは肉眼で夢と現実が交差する古刹の石像群にふれてみてください。

INFORMATION

善養寺
東京都世田谷区野毛2-7-11
03-3704-0643