絵と言葉が豊かな想像力を育んでくれる絵本や児童書。子どもの本を届けるお店が街に1軒でもあると、その地域に暮らす人たちの心のよりどころとなるのではないでしょうか。大田区にある「ティール・グリーン in シード・ヴィレッジ」もそんなお店。絵や物語を味わう喜びを届ける店主の種村由美子さんにお話をうかがいました。

ー東急多摩川線「武蔵新田」駅から徒歩約4分、住宅街の一角にある「ティール・グリーン in シード・ヴィレッジ」はお茶が飲める絵本のお店。このお店は1997年に久が原で開業された子どもの本の専門店を種村さんが引き継いだものです。

店主の種村由美子さん。穏やかなお人柄とお客さまの話を聞きながらの本選びが多くの人に慕われている

種村由美子(以下、種村)
このあたりには子どもの本を扱うお店がほとんどなくて、久が原にグラフィックデザイナーの小林優子さんが「ティール・グリーン」をオープンされた時はもう嬉しくて嬉しくて、足繁く通っていました。選書がよく、内・外装も素敵ですぐに人気のお店となり、絵本が好きな方がたくさん集まっていました。何度も通ううちに小林さんと親しくなり、やがてお店を手伝うようになりました。

久が原のティール・グリーンは2005年に閉店するのですが、子どもと本を結びつける場をなくしてはいけないと思い、私が引き継ぐことにしました。起業を決めたのはちょうど4人の子どもの子育ても一段落したタイミングだったことが大きかったかな。そこで誰かがふらりと寄ってくれたらいいかもと思い、自宅を改装してお店にしました。

ーこうして2006年3月にお店は久が原から千鳥町に移り、再オープン。店内に足を踏み入れるとそこは国内外の絵本や児童書が約5000冊が所狭しと並び、色とりどりの紙の本が作り出すあたたかみを感じさせる空間。その奥にあるティールームではお茶が飲めるほか、絵本の原画展やトークイベントなどの場にもなります。

カフェでは種村さんお手製のくるみのクッキーや種村さんのご友人によるスパイスたっぷりのケーキなども楽しめる

種村
オープンから5年間ぐらい、小林さんから書店経営について学びました。イベントはもっと本に深くふれられるように、作家に親しめるように、という思いで開催しています。(取材時に絵本原画展を開催されていた)岡本雄司さんは絵本では存じ上げていましたが、なかなかお会いする機会はなくて。けれど、機が熟して知り合うご縁をいただき、今回の原画展に繋がりました。絵本の原画のほか、本になるまでの過程をパネルで紹介していますが、どの作品にもお人柄がにじみ出ていますよね。電車が本当に好きで、誠実にお仕事をされているのが伝わってきます。

個人的な話で恐縮ですが、私の41歳になる息子が子どもの頃、大好きだった絵本の作家さんを招いてトークイベントを開催したこともあります。すり切れるぐらい何度も読んだ「あの絵本の作者がうちに来た!」と、息子も私も感無量でしたね。

ー普段から子どもの本に囲まれている種村さんは4人の子育て中に絵本の存在に助けられたと言います。本は読む人の心の血となり肉となるもの。種村さんは訪れた人にどんな本を手渡しているのでしょうか。

カフェはイベント会場にもなる。取材時は岡本雄司さんの絵本原画展を開催中

種村
絵本は扱う題材の間口が広いと思います。音楽、料理、風景…。国を超え、言葉を超え、少ないページで私たちに希望や想像する楽しみをあたえてくれます。

私も読んで感動したマリー・ホール・エッツの『わたしとあそんで』(福音館書店)はお母さんに手渡していきたい1冊。絵のなかに隠されているメッセージを読みとってほしいと思います。

どの本を選んでよいのかわからないというお客さんにはお話を聞いて、本を紹介しています。私も子育てを経験し、子どもたちに何冊も絵本を読んできたので、その経験が少しでも活かすことができるといいなと思っています。

自然科学の本も置いてあるのもうちの特徴かもしれません。レイチェル・カーソンの『センス・オブ・ワンダー』(新潮社)は自然界が大切なことをおしえてくれる作品です。『知ることは感じることの半分も重要ではない』ということが書かれていまして、子育て中の方にすすめることが多いですね。

書棚には新しい本もあるし、何十年と読み継がれている古い本もあります。いつ出会うかは本と人のご縁ですよね。「本は待ってくれている」と思っています。

ーお店には本を買いに来るだけではなく、ひとりひとりと丁寧に向き合う、おだやかなお人柄の種村さんと話したいという人が多く立ち寄ります。通販で簡単に本が購入できる時代ですが、ティール・グリーンに通うことで近隣の人たちは心をあたためられるのでしょう。最近では週末になると子どもと一緒に訪れるお父さんの姿が目立つようになったそうです。

種村
きっと、絵本を読んで育ったお父さんたちが増えてるのではないでしょうか。子供のころ、読み聞かせてもらったり、自分で何度も読んでいると、自然に自分のなかに入ってきますよね。

そうそう。昨年の夏、嬉しいことがあったんです。近所の小学生が夏休みに「種村さんに読んでほしい12冊」といって、自分の家から本を12冊も抱えて持って来てくれたんです。なかにはうちで買った本も入っていて(笑)。自分は今こんな本が好きなんだ、感動したのはこんな本、よかったら種村さんも読んでみてという気持ちだったのでしょうね。普段は本をすすめる立場ですが、こうやって子どもからおしえてもらう機会も多いです。

絵本や児童書がところ狭しと並ぶ店内。子どもの本が発するぬくもりに包まれる

ーお店に置く本は出版社の新刊や作家の情報を得てからて選ぶこともあるし、お客さんからの情報や「この本を買いたい」というリクエストを受けて入れることも多いといいます。絵本は装丁や挿絵が美しいものはもとより、内容も大切と話す種村さんに冬に読みたい1冊を選んでいただきました。

種村
お店で紹介する本は人を思いやる気持ちを学べるものや物語のラストに安心できたり、希望のあるものを選ぶようにしています。

今回、冬に読みたい絵本に選んだのは、たかおゆうこさんの『くるみのなかには』(講談社)です。くるみが包んでいる美しい絵と言葉の世界を楽しんでほしいと思います。

たかおゆうこさんの『くるみのなかには』。装丁家・中嶋香織さんが手がけた装丁も美しい

この作品は中国と韓国でも刊行されていますが、中国版の装丁でこんな不思議なエピソードがあります。作者のたかおさんは普段から英国の詩人、ウィリアム・ブレイクの「無垢の予兆」という詩を大切にされているのですが、なんと中国版の本の裏表紙にその詩が記されていたそうです。絵本のなかでウィリアム・ブレイクの詩にふれているわけでもなく、中国の装丁家とも顔を合わせたことがないというのに…。作者の想いはもの言わずとも国を超えていくのものだと思いました。

種村由美子 プロフィール
大学卒業後、そのまま大学の広報課に2年半勤務。その後、結婚し専業主婦となる。4人の子育て中に出合った絵本の奥深さに惹かれ、1993年より児童館の片隅で絵本の読み聞かせの活動を始め、現在も続けている。2006年より自宅を改築しお茶が飲める絵本の店「ティール・グリーン in シード・ヴィレッジ」を移転再開する。2011年より店主を引き継ぐ。

INFORMATION
TEAL GREEN in Seed Village
大田区千鳥2−30−1
tel:03-5482-7871
http://teal-green.com