流行発信地、渋谷やチンチン電車の走る三軒茶屋・下高井戸間、旧東海道の歴史を伝える品川など、東京・城南地区は絵になるスポットが多いエリア。水彩画家の鈴木 新(すずき あらた)さんはライフワークのヨーロッパの美しい風景を描く傍ら、日本各地のさまざまな場所を作品に残していらっしゃいます。今回は鈴木さんが絵筆をとった城南地区の水彩画を紹介するとともに、街の魅力について語っていただきます。

ー鈴木さんは国内外のさまざまな場所を作品に残していらっしゃいます。東京では城南地区(本マガジンでは渋谷区、世田谷区、品川区、目黒区、大田区と定義)のさまざまな風景も描いていらっしゃいますよね。このエリアにはどんな魅力があると思いますか?

鈴木 新(以下、鈴木)
何といっても城南エリアは緑が豊富で街並みが美しいことがあげられます。「駒沢公園」や「代々木公園」、豊かな緑に囲まれた聖域である「明治神宮」などのほか、小さな公園や緑地が数多くあるのが魅力です。なかでも「田園調布」は自然と調和した街並みで、住みやすさを意識した街づくりが計画的に行われており、絵の題材として心惹かれます。また、城南エリアは交通の便もよく渋谷や品川などターミナル駅まで短時間で移動できます。街歩きの楽しみには事欠かない場所が多いですよね。

旧東海道の面影を残した歴史ある雰囲気を味わえる「品川宿」(2019年)
カントリーミュージックのバンドでバンジョーを担当する一面もお持ちの鈴木 新さん

ー街をスケッチで訪れる際には準備が必要だし、スケッチする場所も探さなければなりませんよね。

鈴木
絵を描くとき、できるだけ荷物をコンパクトにまとめて身軽に動けるように心がけています。描く時もさりげなく街の雰囲気に溶け込むように気を配ります。たとえば、イーゼルを立てたり、レジャーシートを広げたりすると住人にも迷惑ですから、いつでも動けるように立って描く、という具合に。なお、色を塗る時は多少アングルが違っても差し支えないので、どこか場所を探して座って描くようにしています。また、スケッチする街は前もって歴史を調べてから行くと、通りを歩くのが楽しくなります。

江戸期の創建から多くの参詣者が訪れる「目黒不動尊」(2010年)

生徒さんをお連れした時もできるだけ道具を広げず、通行する人たちの邪魔にならないよう、お店の出入口や個人住宅の入口は避けて場所を選びます。色付けの時は絵の具のついた筆はその場でふき取るよう環境面に配慮していますね。また、仲間同士で描いているとつい大きな声しゃべってしまうことがあるので「黙描」も心がけています。これはコロナが蔓延する現在は一層徹底しなければならないことですよね。楽しみなのは、スケッチで訪れた街での美味しい店での食事。私も生徒さんも楽しんでいます。

ー「東急世田谷線」(トップ画像)は都内で走る2つのチンチン電車の1つで、城南地区のシンボルの1つといえます。この作品の思い出を教えてください。

鈴木
東急世田谷線は都電荒川線と並ぶ数少ない路面電車タイプの路線です。路面電車とは言うものの車と一緒の路面を走る「併用軌道」の部分はありませんが、環七通りを平面交差で横切る姿など路面電車の雰囲気があり、電車の方が信号待ちをしてから発車するという珍しい風景も見られます。路面を走る部分はありませんが、路面電車のような可愛らしいタイプの車輌で異なるカラーの車種が走っています。街歩きには事欠かない場所が多いのが魅力ですね。絵は松原から下高井戸へ向かう電車を捉えたもので季節は5月頃です。これから四季を捉えて沿線を描いていきたいと思っています。

緑豊かな駒場公園に建つ「前田侯爵邸」(2016年)

ーコロナ禍前はライフワークとしてヨーロッパ各地に点在する美しい風景を訪ねてスケッチされ、水彩画に仕上げいらっしゃいました。城南地区にはない魅力や共通点などありましたら教えてください。

鈴木
ヨーロッパは街並みが美しいですよね。日本と大きく違う点は住宅にしても商店にしても個々の好みや利益追求より、全体の調和を考えて街が形成されていること。日本ではどこを歩いても大きな看板が立ち並び、景観を無視したものが目立ちます。

とくに外食チェーン店などはどこの街へ行っても同じものがあるので便利と言えば便利ですが、考えさせられるものがあります。日本に限らず東南アジアも同じような状態でないかと思います。共通点と言えば前述の田園調布などは街の調和が取れ、看板などを感じさせない美しい街並みがあるのではないでしょうか。

ヨーロッパはどこの国も完全な車社会で、車でなければ短時間で行きたい所をまわるというのは不可能に近いと思います。車で走っていると移動には良いのですが、絵を描くポイントを探すのにはやはり歩いて探すのが一番です。描きたい街へ着いたら車を停めて足で探すようにしています。また事前にある程度街の歴史なども調べておくと参考になり、描いた絵にそれが反映されることが多くあります。

RIMOWAのスーツケースを改造して作った機能的な画材ケースは計算機や望遠鏡、スピーカー等も収納でき、海外でも活躍

ー普段生活している土地で日本人が絵を描いていると、現地の人から「一体なんだ?」と興味をもたれるのではないでしょうか。どんな思い出がありますか?

鈴木
ドイツ・アウグスブルクでは「自分の暮らす街を描いてくれるのが嬉しい!後でビールをご馳走したいから、一緒にどうですか?」と誘ってもらったことがあります。

イタリア・アマルフィでは宿泊したホテルのカウントダウンパーティーに参加したのですが、イタリア語がさっぱりわからないから、参加していた会場のおめかしした子どもたちをスケッチしていたんですよ。すると私が描いていることが会場の人たちに知れ渡り「自分も描いてほしい」と行列ができたこともあります。そのなかには市長も並んでいらっしゃって。楽しい経験でしたね。

ヨーロッパでスケッチ中の鈴木さん

外で絵を描いていると、ヨーロッパの人たちは話しかけてくれることが多いのですが、日本人は興味はあるけれど声をかける人が少ないように思います。こちらは「こんにちは」だけでも嬉しいんですけどね。(笑)

国内外の色々な場所を現地で描いてきましたが、その経験から「絵を理解できる人に悪い人はいない」と思っています。

ー2022年11月には世田谷区上町のギャラリーで個展を開催されますね。どのような作品展になりそうですか?

鈴木
会場は「ART SPACE G.GLASS」というコンパクトなギャラリーです。今回は「ドイツロマンチック街道」をテーマに、ロマンチック街道上の街や村の絵を小品を中心に展示します。

個展に出品するドイツ・ロマンチック街道の作品を制作中

小さなギャラリーですのでご来場の方々とゆっくりお話ができアットホームなイベントになればと考えております。画廊のオーナーは私が広告関係の仕事をしていた頃、お付き合いのあった広告代理店出身の方で昔話をしていて、気心の知れたこのギャラリーで個展を開かせていただくこととなりました。

ースケッチや水彩画…鈴木さんの表現手法といえる絵とは今後、どのように向き合っていかれますか?

鈴木
絵は作者の内面が出るものだと思います。見た景色をただ切り取って描くだけでなく、その街で感じた、風、音、においなど写真では表せない様々な印象を表現できるよう、努力していきたいと思っております。

スケッチに色を付ける際、現地での記憶があざやかによみがえります。私にとって絵は記憶に一番近いところにあるような気がします。

鈴木 新プロフィール
1945年 兵庫県神戸市生まれ。日本美術家連盟会員、水彩連盟準会員。
1990年よりヨーロッパ各地へスケッチ旅行に訪れ、作品を多数制作。
2020~2022年小田急百貨店新宿店「アートサロン」にて個展開催。
著書に『60 歳からはじめる風景スケッチ』(河出書房新社)
『今日から始める水彩』(グラフィック社)など。

INFORMATION
「鈴木新ドイツロマンチック街道 旅のスケッチ展」
会期:2022年11月12日(土)~20日(日) 12:00-19:00
会場:ART SPACE G.GLASS http://gglass.jp
世田谷区世田谷2-6-5-105 TEL:03-3429-2904
東急世田谷線 上町駅下車 徒歩2分
鈴木新HP:https://www.arata.ne.jp/