体の血が入れ替わった!?
そんな清々しい気持ちになるのが「都立林試の森公園」。
品川区と目黒区にまたがる約12ha(約3万6000坪)の広さを誇る公園の前身は明治時代に端を発する林業試験場。
昭和53年に試験場が筑波研究学園都市に移転後、跡地を整備し、平成元年に開園しました。

最寄り駅は「武蔵小山」駅。
駅前に広がる日本初のアーケード街「パルム商店街」を背にして約10分。小山台小学校の横を通り、住宅が密集する一帯から公園の南門をくぐった途端、緑一色に塗られた別世界が広がります。何しろ、ここは樹齢100年を超える木の宝庫。高木は6,700本以上、幹回りが3m以上の巨木も珍しくありません。

東京ドーム2.5個分という広大な公園は東西が約700m、南北が約250m。今回は案内板に紹介されていた散策路「ふれあいコース」をたどることにしました。

林試の森は林業試験場の跡地だけに、明治時代以降研究材料として植林されたものが今や大木として育っています。とにかく樹木の種類が多く、案内板には「珍しい樹木(日本産、外国産)」や「虫の集まる樹木」「くらしに役立つ樹木」「身近な樹木」というカテゴリーに分けて解説されています。

5つのカテゴリーに分けられた樹木も探してみたい

南門から北門方面に歩いていくと、野球やサッカーのできる広場が3つ現れます。
そのなかの1つが「プラタナスの広場」。
広場の脇には名前が表すように、雄々しいプラタナスの並木が続きます。

プラタナスは根の浅い外来樹。台風で倒れやすいので剪定や落ち葉かきが必要となる

明治末期に渡来したプラタナスはアジア西部の原産。
日本では「鈴懸(すずかけ)の木」といわれ、その実が修験者が着る衣「篠懸(すずかけ)」 に付けられている房の形に似ていることからこの名が付けられました。園内にはスズカケノキ、アメリカスズカケノキ、モミジバスズカケノキの3種類を植樹。街路樹としてお馴染みの木は秋になると紅葉し、夏場とはまた違った顔を見せてくれます。

スズカケノキ3種の違いについての説明版も
プラタナス並木の近くにある「林試の森公園管理所」では環境保全に関するパネルを展示

暑い日が続く夏にはあまり外出したくない、と思う方もいらっしゃることでしょう。とくに年々酷暑となっている最近は。
しかし、林試の森を散策していると、予想以上に来園者が多いことに驚きました。7月下旬の午前中にお見かけしたのは、お散歩やランニング、ノルディックウォークを楽しむグループ、虫取り網を肩にかついで昆虫採集する親子連れなど。きっと園内は大きな木立が連なり涼やかな木陰を作る場所が多いからでしょう。直射日光が当たる場所と木陰に入った時とでは体感温度が2℃ぐらい(自分調べ)異なるように感じました。

基本的に平坦な道が続き、たまにある勾配もゆるやかな園内で、ひときわダイナミックな高低差に圧倒されるエリアが「せせらぎ橋」周辺。

アーチ状の橋の下方には亀が泳ぐ自然水のため池が見え、橋を渡っていると、どこからともなく野鳥の鳴き声が響きます。歩を進めると身体の汚れ(毒素)が空気に溶けていき、自然治癒力が向上しそうな予感がするのは気のせいでしょうか。

「林業研究発祥の地」の記念碑がある芝生にはクスノキの大木がいくつも鎮座しています。
林業試験場は明治11年、東京府北豊島郡滝野川村西ヶ原におかれた樹木試験所が前身。明治33年にこの地に移り「山林局目黒試験苗圃(びょうほ)」として発足した際は西ヶ原の樹木が移植されました。その際、移植作業に手を貸したのが目黒の火消しの組頭たちだったとか。

芝生広場を守るように立つクスノキの大木群は園内の見どころの1つ

園内には平成23年の台風15号の被害を受けて倒木したユーカリの木がそのまま残されている場所もあります。あえて当時のままで保存されているのは、植生変化を観察するため。ユーカリの倒木の近くには「ユーカリガーデン」が整備され、季節の花々が顔をのぞかせます。

年々、雑草に覆われていくユーカリの倒木

北半球の温帯に約70種が分布する外国産のアメリカトネリコは波打つような灰褐色の樹皮が印象的。巨木ゆえ、写真に収まりきれません…。この木は大きいもので高さ40mになるそうです。

古くから野球のバットやエレキギターの材料に用いられてきたアメリカトネリコ

こちらの低木、アブラチャンは「くらしに役立つ樹木」に分類されています。
芸人さんの芸名を連想させるこの木は種子を絞った油が燈油になり、粘り気のある枝は雪国ではかんじき(地面を歩くための民具)の原料になるそうです。

クスノキ科のアブラチャンは早春に黄色い花を咲かせる

最近では「多様性」という言葉が色々な場面で聞かれるようになりましたが、森にも多様性が求められます。それは1ヶ所に1つの樹種だけを植えないということ。土地本来の森の構成種、高木、亜高木、低木など多くの樹種を混ぜて植えることでそれぞれが生育することができ、森の維持に繋がります。

また、樹木の下には落ち葉や下草がびっしり見られます。
これは樹木や土地を作る資源となり、森のシステムに欠かせないもの。

一般的に苗を植樹すると2、3年は雑草取りの必要がありますが、苗が育つと日光が林床までほとんど届かなくなるので、植樹後4、5年目からは人間による管理がなくなります。
明治時代に林業試験場だったこの公園に林立する多様性に富む樹木はそのような自然の循環に則し、この地に豊かな森を形成していったのです。

生命力のある森に佇むと、イライラや不安が吸い込まれていきそう
園内の4ヶ所のトイレにはそれぞれ樹木の名前が付けられている

夏場は子どもたちの歓声に包まれるのが「ジャブジャブ池」。
水遊びの人気スポットで、多くの親子連れが訪れていました。

ランチは南門近くにあるデイキャンプ場で。
園内には売店がないので、お弁当は武蔵小山駅付近で調達するのがよいでしょう。今回は「nemo bakery and cafe」のパンをテイクアウト。自家製天然酵母を用い、10数種の粉を商品に合わせて使い分けるなど、素材や調理法にこだわったパンを野外で食べると美味しさもひとしおです。

大きな木の下にテーブルとベンチが置かれているデイキャンプ場は日影も多く、夏場のレジャーにオススメ

なお、夏場に公園に出かけるなら防虫スプレーをはじめ、飲み物の用意や冷感・日焼け対策をお忘れなく。

小さな子どもから大人まで楽しめる憩いの場、林試の森公園。
巨木を見上げたり、好みの木の下で佇んでいると、一周するのに1時間以上かかりました。
時間をかけてこの地に対応して生きてきた樹木に囲まれる時間は私たちの心に潤いをもたらしてくれます。
強い陽射しから守るよう日陰を作る木立や目を癒やす緑の葉、枝葉がざわめく心地の良い音…。
自然と離れた環境に長く身を置いて疲弊した時は、きっと有機的な森のなかに入ることで元気を取り戻せるはずです。

information

都立林試の森公園
東京都目黒区下目黒5丁目、品川区小山台2丁目
03-3792-3800
https://www.tokyo-park.or.jp/park/rinshinomori/index.html