洋の東西を問わず、蛇は神秘的で縁起のよい生きものとされています。

日本では芸術や財運の女神・弁財天の化身で富をもたらす存在といわれ、グリム童話に収録されている『白いヘビ』では、ある国の王様に使えていた男が白蛇を食べたことから動物の声が聞こえるようになり、そのおかげで困難を乗り越えて幸せになりました。

品川区二葉に創建された「蛇窪(へびくぼ)神社」は白蛇にゆかりのある神社。

蛇窪とは旧地名で、明治時代の地図を見ると上蛇窪村と下蛇窪村の地名が記され、蛇窪神社(天祖神社)は上蛇窪村にありました。2つの村は1889年(明治22年)に付近の村と合併して「平塚村」となりましたが、このあたりは江戸時代に遡ると幕府直轄の天領(御料)であり、品川用水と立会川が流れる農村地帯だったようです。

上蛇窪村に蛇窪神社が創建される経緯ですが、鎌倉時代の1272年に端を発します。
武将・北条重時がこの年、五男の時千代に命じたのは家臣とともにこの地を開墾すること。

大河ドラマファンは北条重時の名を聞いてピンと来たのではないでしょうか?
重時は2022年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の主人公、北条義時の三男で、壮年期は兄の泰時から幕府と朝廷・公家との交渉を取り持つ六波羅探題職を受け継いだ人物です。

父、重時の命を受けた時千代は法圓上人として厳正寺(ごんしょうじ、大田区大森東)を開山。
1322年、武蔵国が干魃の危機に見舞われ、厳正寺の北西部にある龍神社に雨乞いの断食祈願を行ったのが時千代の甥にあたる法密上人。高野山で真言密教を学んだ法密は稲荷明神の像を彫り社を建て、藁で龍神の形を作り、7日間祈祷。その祈りは天に通じ、念願の大雨が降り注ぎました。その神恩にこたえ、時千代の旧家臣たちが勧請したのが現在の蛇窪神社です。
※一説には土地の有力者、森谷氏が建立したという説もあり。

大雨を降らせ、飢饉から人々を救った法密上人は豊作祈願のため、京都伏見稲荷大社の分霊を祀りました。それが蛇窪神社の境内に建つ「法密稲荷社」。法密上人の雨乞い祈願が成就した証として111本の提灯が灯されています。
稲荷社の前には「水掛宝珠」が置かれ、参拝前に柄杓の水を宝珠に掛けて願掛けをする人が後を絶ちません。

法密上人の雨乞いから700年を経た2022年に建て替えられた「法密稲荷社」
コロナ禍で「触らずに」清められる方法として編み出された宝珠。水が表面をつるつると滑っていくのが楽しい

白蛇にまつわる話も鎌倉時代に遡ります。
現在、境内にある井戸「白蛇清水」は昔、白蛇の住処だった洗い場だった場所。
しかし洗い場が撤去され、住む場所が無くなった白蛇は現在の戸越公園の池に移り住むようになりました。

ある日のこと。
土地の有力者・森谷氏の夢枕に白蛇が立ちました。
白蛇いわく「元の住処である洗い場に戻してほしい」。
森谷氏は白蛇の願いを切に受け止め、蛇窪神社の宮司に相談したところ、やがて弁財天と白蛇をお祀りすることに。社殿右奥の池に建つ境内社「白蛇辨財天社」がその歴史を物語っています。

「白蛇辨財天社」にもひっきりなしに参拝客が。白蛇様が見守っているかも?

また、境内には「撫で白蛇」「蛇窪龍神社」「蛇松」「夢巳橋」などが点在し、この神社と蛇の深い関わりを感じさせます。

蛇が龍になる伝説のある「蛇窪竜神社」。蛇が龍になったような立身出世を願ってか、スーツ姿のサラリーマンが参拝している様子も見られた

なかでも参拝客に人気なのは白蛇種銭を1つとり、石臼の上で時計回りに3回ゆっくりと回す「白蛇種銭の銭回し」、そして石臼で回した種銭と自分の種銭を水鉢で清める「白蛇清水銭洗い」。弁財天は財運の神でもあり、水との関係も深いので「銭洗い」は縁起にあやかる行為。種銭を洗った後は辨財天社に参拝し、清めた白蛇種銭はお財布に入れ、自分の種銭は自宅で保管します。

境内の朱塗三方から種銭をとり、自分の種銭とともに石臼で回した後、ここで銭洗いをする

蛇にゆかりのある神社ゆえ、12日に1度の「巳の日」は普段より多くの人が参拝します。社殿で行われる御祈願を希望する人は後を絶たず、御朱印も大人気。
なかでも60日に1度の「己巳(つちのとみ)の日」は格段に財運が上がるといわれる日で、神社やその周辺では縁日を開催。2023年5月11日の己巳の日は1500人以上の人が訪れたそうです。

境内はどこも賑わっていたが、本殿への参拝はまさに「長蛇の列」となっていた

境内では「七福社中」による白蛇や弁財天、烏天狗たちが登場する神楽が行われ、白蛇の街路灯が連なる神社近くの商店街「蛇窪共栄会」では白蛇の展示や己巳の日だけに提供される「財運 卵焼き」(250円)も登場するなど、街をあげて縁日を盛り上げます。

「財運」の焼き印がある卵焼き。ぷりぷりとした歯ごたえがある美味しさで、境内で立ったまま食べている人もちらほら
烏天狗と獅子舞のコンビの後に、白蛇様と弁天様のコンビが登場。軽快な踊りと楽し気な歌に、並んでいた参拝客も盛り上がっていた
アルビノの国産アオダイショウ、ミー君(令和3年生まれ、オス)。白く艶やかなボディが神々しい

なお、9月に開催される「蛇窪祭例大祭」では山口県岩国市に生息する国指定天然記念物の白蛇が、白蛇伝説が伝わる群馬県沼田市の老神(おいがみ)温泉からは大蛇みこしのミニチュア版がやって来ます。
実はこの2つの地域は蛇窪神社を含む「白蛇日本三大聖地」。お祭りに“白蛇の華”が添えられます。

願い事をしながらこの「満願岩」の窪みに玉を投げ、見事入れば願いが叶うそう。100円で3回投げられる

さて、この神社の成り立ちを思うと「蛇窪」「北条氏」「蛇」「弁財天」というキーワードが浮かび上がります。
くしくも、白蛇の住む蛇窪の地を開墾したのは北条氏で、北条氏の家紋「三つ鱗(みつうろこ)」は弁財天から授けられたもの。その鱗は蛇のものといわれています。
蛇窪神社の創建を想うと、人間には計り知れないご神縁を感じずにはいられません。

INFORMATION
快く写真撮影に応じてくれる白蛇様と弁天様。この写真撮影にも列が出来る程の人気ぶり

蛇窪神社
東京都品川区二葉4-4-12
TEL 03-3782-1711
https://hebikubo.jp