「水無月」といわれる6月ですが、「蝉の羽月(せみのはづき)」とも呼ばれます。

「蝉の羽(衣)」とは蝉の羽根のように軽くて透ける着物のこと。徐々に暑さを感じはじめる旧暦6月は薄い着物が日常着になることから、この呼び名が生まれました。

この季節の花といえば、そう、紫陽花。

いつもの道沿いに紫陽花が少しずつ顔を見せはじめると、(これから長く続くだろう)雨を思ったり、そろそろ衣替えをしなければ…と準備にとりかかる人もいることでしょう。

さて、今回訪れた「多摩川台公園」(大田区田園調布)は城南地区では指折りの紫陽花スポット。多摩川駅から徒歩約1分の公園は入り口から息を呑む景色が広がっています。小高い丘を覆い尽くすのは紫、青、白、ピンクの紫陽花の群れ!この日、公園を訪れた人々もこの群生風景を目にするや歓声をあげ、次々にスマホを取り出していました。

入り口から園内にのびる「紫陽花階段」を上がりながら、左右前後の紫陽花にうっとり。この花は古くから日本の野山に自生し、繁殖力が旺盛。一度植えると比較的簡単な手入れで毎年美しい花を咲かせます。

多摩川台公園に植えられている紫陽花は7種類約3千株。そのボリュームもさることながら、ここの紫陽花が普段、道沿いに咲くものとはひと味をもふた味も違うのは丘陵地(標高約20m)であることが大きく関係しています。斜面地に群生しているので、背丈より高い位置で花が顔をのぞかせているし、ブーケのような丸い花を下側からのぞき込むことも、四方八方を囲まれる「紫陽花まみれ」も体験できたり。

なお、多摩川沿いの南北約750mにわたるこの公園は10基もの古墳を擁していることでも知られています。全長107mの巨大な前方後円墳である「亀甲山古墳(かめのこやまこふん)」や6世紀前半~7世紀中頃の築造と考えられる8基の「多摩川台古墳群」、全長97mの前方後円墳「宝萊山古墳(ほうらいさんこふん)」など。園内のとりわけ盛り上がった林地がそうです。

豊かな緑の合間から多摩川を眺めることもできる

園内の古墳について知りたい方はぜひ亀甲山古墳の近くにある古墳展示室(無料)へ。ワンフロアの展示室には横穴式石室のレプリカが作られ「木棺に埋葬された前首長の人形」や「副葬品」など、マニアックな展示もなされています。

再現された実物大の横穴式石室。展示室の外には古墳型の滑り台もある

多摩川台公園は丘陵地帯ならではの起伏があり、コナラやクヌギ、アカカシ、モミジなどの樹木の間を縫うように歩くのも楽しいでしょう。「虹橋」を渡ると、遊具が置かれた自由広場があります。この日は小学校の遠足だったようで豊かな樹々の緑を背景に子どもたちのかぶる赤白の運動帽がちりばめられ、偶然飛び込んできたカラフルな色彩に元気をもらいました。

また、季節の花々を楽しむなら睡蓮の咲く「水生植物園」やハーブ園が併設された「四季の植物園」も美しい自然にふれられるスポット。園内にはベンチやあずまやが点在し、なかでも多摩川台公園の生みの親であるジャーナリスト・下村宏さんのレリーフや和歌を記した銘鈑が見られる、あずまや「海南亭」は憩いの場として親しまれています。

デッキから睡蓮が観察できる「水生植物園」

紫陽花は多摩川台駅近くの入り口付近に密集していますが、数は入り口ほどではないものの園内のいたるところに見られます。紫陽花は種類によって走りのものがあったり、盛りのものがあったり。桜のように一斉に咲いて終わることはなく、枯れた後にも他の種が顔を出し、夏が本番を迎える前までが見ごろです。

雨の多いこの時期、しっとりと濡れて佇んでいる紫陽花はそれだけで情緒ある風景を届けてくれます。

ところで、穴が空いた紫陽花の葉っぱにアートを感じたことはありませんか。きっと虫やカタツムリのシワザなのですが、葉脈を残してレース状になった薄衣の葉っぱはまるで「蝉の羽」のよう。そんな生物の循環を感じる自然の芸術品はきっとこの時節の風物詩といえます。

INFORMATION

多摩川台公園

東京都大田区田園調布1-63-1

TEL 03-3721-1951(大田区多摩川台公園管理事務所)