金沢の「近江町市場」、北九州市の「旦過市場」、京都の「錦市場」など、各地には「市民の台所」と呼ばれ、観光客も多く訪れる市場があります。
大田市場はそんな市場とは一線を画す「日本の台所」的な存在。
東京都の開設でオープンは1989年。この市場で扱うのは青果物、花き、水産物。大田区の臨海地域に設けた約38.6万平方メートルという広大な敷地は日本最大級。
ここには日本は北海道から沖縄まで、海外からも大量の産物が届くわけですが、とくに青果と花きは日本最大規模での取引量で、大田で決められた価格は日本各地にある市場の指標になると言わしめているほど。
ちなみに令和4年度の青果物の取引量は951.388トン、303.207(百万円)。
全国の青果物の年間入荷量は10年で12%減少したものの、大田市場だけは増加し、取扱量も10年間で8%、取扱金額も29%増加しているというから、まさにモンスター級。
そう聞いただけで途方もないスケールを感じさせる大田市場は見学が可能です(事前申請制)。
市場の醍醐味を感じるため早朝、眠い目をこすりながら、青果物の「せり」が行われる時間帯に訪れました。
見学のスタート場所である大田市場の「事務棟」に着いたのは午前6時50分。
事務棟2階から近未来的なトンネルを思わせる通路をまっすぐ進み、一番見どころの多い「青果棟」へ。市場が近づくにつれ、高揚感から眠気も消失し、早く中の様子が見たい!と足取りが軽やかになったのは言うまでもありません。
まず、目に飛び込んできたのは広場に置かれた夥しい数の段ボール!
これは全国や海外から運び込まれた青果物で、せりにかけられて値段が決まった後に配送されるもの。おそらく1日あっても正確な数を数えきれないだろう、膨大な量を目の当たりにすると「さすが日本の台所」と唸るばかり。
段ボールが置かれた広場の横は活気あふれる「せり」が行われる場所。
見学コースの階段を下りると、ちょうど柑橘類のせりの最中で、威勢のよい声が響き渡っていました。
普段、遭遇することのないせりの現場。
全身からはみ出てしまいそうな好奇心でもって、鋭い観察眼へとギアチェンジ!
ここで改めてせりについて。
せりとは買い手(仲卸業者や小売業者など、買参権のある人たち)が購入したい品物の値段や数を指で示すこと。せりを仕切る人(卸売業者)は大勢の買い手の指のサインを見て、一番高い値段をつけた人を指名してせり落としていきます。
柑橘類のせりが終わった後は、その近くで筍や苺などの「移動せり」が始まろうとしていました。
移動せり(現物せり)とはせり人が踏み台をもって移動しながらせりを行うことからこの名称に。品物の周りには買い手が集まり、顔を近づかせて匂いや形を熱心に吟味していました。
大田市場には高級メロン専用のせり台もあります。
4月上旬で扱うメロンの量が少ないこともあり、せり人の方によると「今日は10分で終わっちゃったよ。後は配送するだけ」とのこと。
数年前まで大田市場で高級フルーツ専門の仲卸、配送を担当していた男性(70代)は、現役時代をこう振り返ります。
「高級フルーツを仕入れる際には専門の仲買人さんに頼みます。苺ならこの人、メロンならあの人、といった具合に。仲買人さんの腕が一番試されるのはメロンですね。良いメロンを見分けるには1箱7〜8kgの重さ、香りや茎の形、網目、産地などいくつかポイントがあります。高級フルーツ専門店では最高級の品物が求められます。仲買人さんたちは『あの人に頼んだら間違いない』と評価されるよう長年、目利きの勘とワザを磨いていますよ」
大田市場では年間約11万ケースの高級メロンが取引され、そのほとんどが都内の高級フルーツ専門店やデパートへ出荷されるそうです。
「大田が忙しくなるのは夕方から。地方から品物が運ばれてくるのが夕方から深夜にかけて。それから品物の下見やせりの準備が行われ、朝5時~8時にせりが行われます。お昼以降は品物の入った沢山の段ボールは配送されるからなくなっちゃいますよ」
市場には出荷する品物を乗せたターレットやフォークリフトがスイスイと行き交っています。名付けて「市場の足軽」。ターレットは小回りがきくことから市場や工場など、広大な場所で荷役用として利用されています。現物をじっくりと見たい方は事務棟2階の資料展示室に展示されているので、市場見学後に行ってみてはいかがでしょう。
せり落とした品物の分荷(小分けにして、小売業者や飲食店などに販売するための作業)を行う仲卸売場を見学した後は「関連棟」へ。
大田市場では配送に必要な梱包資材などを扱う関連事業者の店舗があります。そんなお店が連なっているのが関連棟。ここでは市場の青果物や水産物を使った食事も楽しめます。ジューススタンドや海鮮専門店、定食屋、喫茶店、台湾・中国の味わいを提供するお店など。
地元の美味しいものはその土地の人に聞くという「ローカルグルメの成功法則」にのっとり、市場の青果物を使ったスムージーを販売するジューススタンドの店員さんから「水産棟で仕入れた新鮮な魚を使った丼や刺身、イタリア料理店で研鑽されたご主人のパスタも絶品ですよ。ランチには行列ができるほどです」と推薦いただいた「海鮮丼屋 基集(きしゅう)」へ。
刺身定食とパスタをオーダーすると、続々と市場関係者の男性数人が入店。常連さんらしく「今日も海鮮丼で」と頼まれていました。
関連棟にあるお店は市場で働く人たちのくつろぎの場。
喫茶店ではターレットで乗りつけた男性がコーヒーを頼んで、外に出されたテーブルで一服していたり、定食屋の軒先に並べられた「鮭のカマ焼き」を前にして「これがあるの珍しいわね。後で支払うから取っておいて」という会話が聞こえてきたり。
ここは緊張感のあるせりの現場とは対極にある、あ・うんの呼吸が息づく和みの場なのです。
普段ほぼ目にすることのない青果物の流通。
産地からの配送から管理、値段決定、出荷準備など、様々な工程が行われる現場には様々な役割の人が働いています。スーパーや青果店などで手に取るまでの間のプロセスがわかり、食を支えてくれる人と仕組みがちゃんと確立されていることに感謝でいっぱいになりました。
今回は青果棟を見学しましたが、水産棟も花き棟も見学可能です。
食やその流通に興味のある方は青果と花きの宝庫にして、日本の台所である大田市場に出かけてみてはいかがでしょうか。
information
大田市場
東京都大田区東海3-2-1
TEL 03−3790−6539(見学申込み 市場管理課庶務係)
https://www.shijou.metro.tokyo.lg.jp/kengaku/