若者か年配者かなら、若者。流行か定番かなら、流行。
JR渋谷駅周辺の繁華街について大多数がそんな印象を抱くのではないでしょうか。
2020年春の緊急事態宣言中はスクランブル交差点を行き交う人はまばらな日もあったものの、入国制限が緩和されてからはようやく日夜闊歩する足音と国際色豊かなざわめきが止まない渋谷が戻ってきました。

この街には駅チカの王道的待ち合わせスポットである「ハチ公」像をはじめ、街に寄り添うストーリーのあるパブリックアートが点在。
公共の場にあるパブリックアートの役目って何でしょう? それはきっと、多くの人々が作品を共有することで共感を生み、街の魅力を高めることではないでしょうか。

今回は渋谷というプラットフォームで、景観を彩るパブリックアートの数々や唯一無二の存在感を放つスペースデザインなどを探ってみました。

●「ウラ」の待ち合わせスポットからファイヤー通りへ

駅チカの待ち合わせ場所としてハチ公が「オモテ」としたら、「ウラ」はこちらではないでしょうか。
イースター島のモアイをモデルにした「モヤイ像」です。ハチ公ほど集まる人が多くないので、渋谷の待ち合わせはここでという人も多いのでは。

正しい名称は「新島(にいじま)のモヤイ像」。
太平洋に浮かぶ東京都新島村から寄贈されたもので、島にはこのようなモヤイ像が沢山あるそうです。

モヤイ像からハチ公付近を通り抜け、さまざまな言語が飛び交うスクランブル交差点を渡って、シブセイこと「渋谷西武」へ。

お目当ては渋谷西武A館1階のショーウインドウ。
この大きなウインドウは「Art meets Life」をコンセプトに、アーティストの作品を発信する場。昔からここを眺めるだけで旬のアーティストを知るチャンスにつながるといわれ、アートファン必見のスポットです。

●高架下に描かれた命を救済するためのアートプロジェクト

渋谷モディ付近から岸記念体育館へと伸びる道は途中に消防署があることから「ファイヤー通り」といわれます。
この通りをタワーレコードまで直進し、右折するとJR高架下には何やら「→」が多用された絵の数々が。
上の絵を見て、「しりあがり寿が描くキャラクターに似ている気がするけど…」と思った方、正解です!

高架下の壁や柱に描かれた絵は「シブヤ・アロープロジェクト」によるもの。
災害が発生した際「一時避難場所」はこちら方面「→」と、矢印をモチーフに取り入れた作品は人々を渋谷区内の避難場所へ誘導することを目的に制作されました。

日本語を解さない外国人にも避難を促す「→」の記号を盛り込んだ作品群にはしりあがり寿をはじめ、ミック・イタヤ、伊藤桂司、小町渉、河村康輔、植田工が参加。

避難場所をパワフルに指し示すこの絵はミック・イタヤによるもの。垂れた絵具が『街中のアート』らしさを感じさせる

ちなみに、渋谷区の一時避難場所は「青山学院大学」「代々木公園」で、JR高架下の矢印を盛り込んだアートは青山学院大学の方向を指しています。

●昭和から令和を臨む
「ピンクドラゴン」から渋谷駅方面を眺めるとハイブランドのショップが軒を連ねる。ここは昭和と令和を対比できるスポットだ

高架下の矢印の方向に進むと、そこは明治通り。
原宿に続く「キャットストリート」と呼ばれる道には1982年にお目見えした「ピンクドラゴン」のビルが。目を引くのはフォトジェニックなゴールドの卵。なんだかこの界隈の主であるかのような主張さえ感じます。

ここは50〜60年代の洋服と雑貨を扱う、代々木公園で踊るローラー族御用達のロカビリーファッションを語る上で外せない伝説のショップ。

この界隈を古くから知る人たちは、昭和の生き証人ともいうべきピンクドラゴンの前から、ルイ・ヴィトン世界初となるメンズ フラッグシップストアなどのハイブランドのブティックが並ぶ「ミヤシタパーク」方面を眺めると、渋谷の変貌ぶりに驚くことでしょう。
かつてそこは薄暗く、決して人通りが多いとはいえなかった「宮下公園」だったのですから。

●ミヤシタパークにもハチ公参上!
ミヤシタパーク屋上からは90年代の音楽ムーブメント「渋谷系」の発信地「渋谷タワーレコード」が眺められる。街の移り変わりも観察したい

あの宮下君が…!? 目立たなかったクラスメイトが華麗にカッコよく変身。ミヤシタパークをたとえるとそんな感じです。宮下君がイケてるミヤシタ君になるべく再開発され、2020年にミヤシタパークに生まれ変わると、途端に人々にもてはやされるようになり、今では明治通り沿いの賑わいを支える屋台骨のような存在に。デザインの力は偉大です。

ミヤシタパークの屋上は全長約330メートル、面積は1.08ヘクタール。いたるところに緑が整備され、広々とした公園になっています。

ここに設置されているのがアーティスト・鈴木康広さんのパブリックアート「渋谷の方位磁針|ハチの宇宙」。

ベンチ部分は実際の渋谷区と形も方向も一緒。渋谷の顔であるハチ公の自負が表れているよう

直径約6メートルの方位磁針を模し、中央には渋谷駅前の忠犬ハチ公像と同じように東側を向いているハチ像が置かれています。駅チカのハチ公像に比べて訪れる人はきわめて少ないので、第2のハチ公としてこれから待ち合わせ場所や憩いの場としても人気を集めるかも。

●革新的なデザインと技術が生み出す、令和の渋谷
中央は渋谷エリアで最も高い47階建の「渋谷スクランブルスクエア」。左横に見えるのが「渋谷ストリーム」

新たな渋谷の顔となりそうな勢いを感じさせるのが2019年に開業した「渋谷スクランブルスクエア」の外壁に設置されている国内最大規模の大型屋外ビジョン。1日の乗降人数が平均3,320,159人(H29年、渋谷区統計より)といわれる渋谷駅を利用する人々への訴求力も抜群で、ミヤシタパーク方面からも視認性の高さを感じます。

この迫力満点の屋外ビジョンやミヤシタパークに軒を連ねるブランドの趣向を凝らしたショーウィンドウなど“令和な”渋谷をじっくり眺めるなら、ミヤシタパーク前の陸橋が特等席。歩道とはひと味違う視点を独り占めできるはずです。

公園や商業施設のほか、ホテルも備わっている「ミヤシタパーク」

なお、大型の屋外ビジョンのある渋谷スクランブルスクエアのエスカレーター脇には「アーバン・コアデジタルサイネージ」(縦5.9メートル×横1.3メートル)が設置され、時折デジタルアートの放映も行われます。

この時計のサイネージもよく見ると動いている。スマホから顔を上げてゆっくり眺めるのも一興
●実用性を備えた巨大唇ベンチ

渋谷スクランブルスクエアから「渋谷ストリーム」を通り抜け、渋谷川沿いの遊歩道「渋谷リバーストリート」へ。
ここに設置されているのがアートディレクター千原徹也さんが手掛けたパブリックアート「KISS,TOKYO(キストーキョー)ベンチ」。ちょっとドキマギする真っ赤な唇と「TOKYO」の文字がキャッチーなオブジェを配したベンチは渋谷の新名所になりそうな予感。
渋谷の新しい観光スポットとして注目を集めるリバーサイドで休憩したい時はいかがでしょう。

●一風変わったレストランは「食のアート」!?
手前は南インド料理をベースにした「レモンライス」(1,265円)。チキンカレーも添えられ、味変も楽しめる

さて、渋谷に点在するパブリックアートや革新的なデザインにふれた後、おなかを満たしたいと感じたら?
アートな気分がたなびく心に寄り添ってくれるのが、東急プラザ6階の「もしも食堂」。ここは予約のとれない人気店のシェフや星付きレストランとのコラボ料理を世に送り出すなど、好奇心を満たすちょっと風変わりなシェアキッチン。このコンセプトに「意識のアート」を感じます。

オープンからのプロジェクトは5回目を数え、現在「ワールドカレーフェスタ」を開催。カレーマニアとして有名なミュージシャン、小宮山雄飛さん(ホフディラン)が全国から厳選した4種のカレーを提供しています(2023年3月31日まで)。

ラインアップは「鶏ひき肉とじゃがいものキーマカレー」「スリランカフィッシュカレー」「ココナッツミルクのグリーンチキンカレー」「レモンライス」。

「世界のカレー3種盛り合わせ」(1,980円)はレモンライス以外のカレー全てを楽しめる。一度に全種類食べたい!という食いしん坊さんにもぴったり

パキスタン、スリランカ、タイ、インド生まれのカレーが一堂に集結するのもさることながら、その味わいは素材やルー、スパイスの長所が余すところなく引き出され、さすが「もしも食堂」ならでは…と唸らせるものでした。

パブリックアートやスペースデザインはいつもその場所にあり、気がつかない人にとっては何も変哲のない風景と化しているかもしれません。しかし、鑑賞する人(感じる人)がいる途端にその存在は輝きます。心に迫ってくるナニカを受け止めると、人生や社会に対する新たな視点を与えてくれるかも。

若者が集まり、流行を発信する街という印象を抱きがちですが、アートやデザインの分野以外にもまだまだ魅力を秘めた宝が渋谷というプラットフォームに眠っているのではないでしょうか。

様々な大きさの建造物が入り乱れるのも渋谷の面白いところ。周りを見ながら歩くだけで新しい発見があるかも?