JR目黒駅周辺のランドマークの1つである「ホテル雅叙園東京」。昔から往来する人々の足を泣かせたことで知られる急勾配の「行人坂」沿いに建つ、この施設のなかで唯一の木造建築が文化財「百段階段」。1935(昭和10)年に誕生した旧目黒雅叙園の3号館。目黒川の河岸段丘による傾斜地という土地の性格が活かされた戦前の建築、そして当時の匠による豪華絢爛な装飾が織りなす美の世界に足を踏み入れると目と心は嘆息し、やがて悦楽へと誘われます。

今回は文化財「百段階段」が会場となった企画展「時を旅する 百段階段」(2022年1月1日〜4月10日)のなかの「ちいさな世界」(1月15日〜3月27日)を訪ねました。

文化財「百段階段」の美しい客間を彩る「ひな飾り」や「あかり絵」

「ちいさな世界」はその名が表す通り、豆雛やつるし飾りをはじめ、ペーパーアートやミニチュアハウスなどの「ちいさな」ものが文化財「百段階段」の各間に展示され、早春を彩ります。

橋本静水の原画による螺鈿細工が麗しいエレベーターの内部は韓国の漆工芸作家、全龍福(チョンヨンボク)の手により修復されたもの

美しい螺鈿細工で彩られたエレベーターを降り立つと、1911(明治44)年に創業された浅草橋「原孝洲(はら こうしゅう)」のひな飾りが迎えてくれました。

靴を脱いで文化財「百段階段」に進みます。
展覧会場は99段の階段廊下の右側に配された宴会用の7つの客間。

厚さ約5cmのケヤキ板が使われた階段にを1段ずつ歩を進め、各間へ。

下から「十畝(じっぽ)の間」「漁樵(ぎょしょう)の間」「草丘(そうきゅう)の間」「静水(せいすい)の間」「星光(せいこう)の間」「清方(きよかた)の間」「頂上(ちょうじょう)の間」。階段で結ばれた7つの間は著名な画家たちの描いた作品で彩られ、美の競演が繰り広げられます。

実は99段の「百段階段」。縁起が良い奇数、99という発展性のある数字に由来するという

なかでも贅の限りを尽くしたといってもよいのが「漁樵の間」。この名前は中国の「漁樵問答」に由来し、この間の床柱は樹齢約300年のヒノキの1本木。左に漁師、右に木こりの姿が彫り刻まれています。嘆息せずにいられない壮麗な彫刻は画家の尾竹竹破(おたけ ちくは)の絵をもとに、彫刻家の盛鳳嶺(さかり ほうれい)が手がけたもの。

「漁樵の間」の床柱の右側には木こりの姿が彫られている

室内はすべて純金箔、純金泥、純金砂子で仕上げられ、格天井には菊池華秋(きくち かしゅう)原図の四季草花図、欄間にはは尾竹竹坡原図の平安時代の貴族の五節句が見られます。

1つ1つの飾りが小さく、吊るすことで愛らしさが増す「つるし飾り」が華を添えるのは「草丘の間」。このつるし飾りは茨城県稲敷市にある「稲敷市商工会江戸崎つるしびなの会」の作品で、この町ではつるし雛を飾って早春を迎えるそうです。

この間は画家の礒部草丘(いそべ そうきゅう)の名前から付けられました。文化財「百段階段」にある間は格天井が配されていますが、ここは他の室内にある格天井より、ひとつひとつの格が大きいのが特徴です。そこに描かれているのは風雅であり、蠱惑的でもある花鳥画。床柱には縁起が良いといわれる中国原産の槐(えんじゅ)が使われています。

つるし飾りと桃の花、振袖が飾られた向こうには雨風風雪を耐えてきた文化財「百段階段」の屋根、その向こうにはオフィスビルのアルコタワー。時代の様相を映します。

続く「静水の間」では造形作家・入江千春さんによる、素焼きの人形と照明、灯りのオブジェ「あかり絵」やミニチュア木彫作家・小出信久さんによる小さな木彫などが展示されていました。

愛らしい表情の人形が並ぶひな飾りは入江千春さんの作品
小出信久さんによる、拡大鏡でのぞくミニチュア木彫作品

目黒雅叙園時代に想いを馳せる

仲居さんと思しき女性のシルエットが障子に映り、その前では祝膳が再現されています。かつて、文化財「百段階段」が晴れの日の宴が開かれた場だったことを伝えるよう。

そんな場面が見られる「星光の間」は京都出身の画家・板倉星光(いたくら せいこう)の装飾がなされています。控えの間の欄間に見られるスイカや柿などは縁起が良いといわれる「実り」のもの。瑞々しく、精緻に描かれ、目を奪います。

階段を99段上がり、「頂上の間」へ。天井画は松岡映丘(まつおか えいきゅう)門下が手がけ、本間の床柱は黒柿が使われています。美しい晴れ着が何着も飾られ、奥のガラス窓の向こうには豊かな緑が占めます。

かつてこの地には肥後細川藩の下屋敷(主に国許から送られた物資を貯蔵した)があり、細川家の所有を離れてからは数人を経て、石川県出身の実業家・細川力蔵が所有者となり、現在のホテル雅叙園東京の前身である「目黒雅叙園」を1931年(昭和6年)に開業しました。

力蔵は内外装に贅を尽くした、旧目黒雅叙園に総合結婚式場、百人風呂、飲食店を作った実行力を備えたアイデアマンだった人物。とくに、庶民には手が届かない高級飲食店を家族連れでも気軽に利用できるようアレンジし、その大衆化をはかったことで、外食の楽しみをもたらしたことは力蔵の大きな功績といえるでしょう。

目黒雅叙園時代の名残といえる文化財「百段階段」もまた、創業者・力蔵の夢をかたちにしたもの。

群馬出身の日本画家・礒部草丘が格天井、欄間の画を手がけた「草丘の間」

ノスタルジーを誘う戦前の情緒が宿る一段一段を踏みしめながら上がる人々の足取りもまた、この建物に時を刻む存在になるのかもしれません。うつし世は夢…。

文化財「百段階段」では年に数回、企画展が開かれているので、時を旅する時間を過ごしてはいかがでしょうか。

INFORMATION

ホテル雅叙園東京 東京都指定有形文化財「百段階段」

東京都目黒区下目黒1-8-1

TEL 03-5434-3140

イベント企画 10:00~18:00

http://www.hotelgajoen-tokyo.com/100dan