白金台駅のある繁華な目黒通り沿いに見つけた「紫雲山瑞聖禅寺」の門柱を後に、ビルとビルの間を通り抜けて山門をくぐると、さっきまでの喧騒はどこへやら。

日本三禅宗の1つに数えられる「黄檗宗(おうばくしゅう)」の古刹「瑞聖寺(ずいしょうじ)」の境内に足を踏み入れると深い木々の合間に鐘楼がどっしりと構え、その向こうには高い空の下で重厚な「大雄宝殿(だいおうほうでん)」が優雅に佇んでいます。

黄檗宗は中国の隠元(いんげん)和尚によって江戸時代に伝えられた宗派。
その東京においての中心的寺院が瑞聖寺で、創建は1670年。関東大震災にも第二次世界大戦の空襲の際にも火災を免れた大雄宝殿は都内では希少な黄檗宗のお寺です。

黄檗宗の建築様式を簡単にいえば中国趣味を色濃く反映していること。
本堂である大雄宝殿の前にある月台(げつだい)と呼ばれる広場と松の木、月台の中央に龍の尻尾を表す菱型の敷石などにその影響が見られます。
また、中央に宝珠を据えた二重屋根や丸窓、裳階(もこし、仏堂・などの軒下壁面に取り付けた庇 )なども黄檗宗寺院の建築様式だとか。

本堂前には中国寺院にルーツを持つ「月台」が。菱形の石は龍の尻尾を表している

中国にルーツを持つエキゾチックな雰囲気を感じるのは吹き抜けとなった「正面吹放(ふきはなち)」の空間。
大きな丸窓や桃の彫刻が入った半扉、見上げると魚の形をしたものが吊り下げられ、日本のよくあるお寺にはない不思議な作りを感じます。

吊るされた木製の魚は開梛(かいぱん)といい、木づちで叩いて時を知らせるもの。よく見ると魚は玉をくわえていますが、この玉は「煩悩」を表しているそうです。

魚は目を閉じないことから「寝る間も惜しんで修行に励む」という意味で魚の形が採用されたという

大雄宝殿の横は庫裏(くり、お寺の台所や私室など)と寺務所、水盤が配された、どことなく美術館を思わせる壮麗な空間。

こちらは「新国立競技場」や「高輪ゲートウェイ駅」をはじめとする話題の建築を世に送り出してきた建築家・隈研吾が2018年に再建を手がけたもの。
瑞聖寺は2020年に創建350年を迎えるにあたり、老朽化していた庫裏の再建を隈氏に依頼したそうです。

水盤の中央に配されたステージではさまざまなイベントが開かれる

ムダな装飾を省き、シンプルな木造りの縦格子が続く洗練された空間。
禅宗であるこの寺院の思想と合っているような気がします。

日本の古来の建築様式は、風(空気)を通すのが主流。この格子も目隠しとしての役割を伴いながら内部に空気を入れ込んでいるかのような見せ方をしています。

ずっと佇んでいたくなるのは庫裏に囲まれた水盤の前。
これを水鏡の池に見立てると、江戸時代に建立された大雄宝殿と現代建築の騎手、隈研吾によるモダンな庫裏が映り込み、江戸と令和の対比に圧倒されます。
数百年の時を超えた新旧建築の妙、古き中国と新しい日本の融和…。

水面に映る“逆さ大雄宝殿”。この美しい姿をカメラにおさめる外国人観光客も多い

よく見ると、水盤を囲むようにコの字を作る3棟はそれぞれ趣が異なります。
隈研吾が「東京を木造の都市に作り替える、ということは、僕が建築家として社会に出て以来、ずっと胸に秘めてきた“野望”でした」(『東京“偏愛”論 あなたが知らない東京の魅力を語る』日本経済新聞出版)と語るように、木をふんだんに使った庫裏は木の配置で縦格子に濃淡が生まれ、遠目には微妙に色味が異なるストライプの絵の具が塗られているように見えたり。

大雄宝殿の南側にコの字型の回廊と庫裏を配置

1棟ごとに自然そのものの木の色が生かされ、時間の流れによる劣化さえも趣としてとらえることのできるデザイン。通常は雨が降ったりして水を吸うと木が反り、均一さを保つのが難しいのですが、昔からの作り方で維持できている点に木への深い理解と高度な建築技術を感じます。

さて、このお寺は江戸時代にルーツを持つ「元祖山手七福神巡り」の1社で、布袋尊を祀っています。社務所にはふくよかな布袋尊のお人形がズラリ。見ているだけで心和ませてくれます。実はこちら、単なるお人形ではありません。なんと、おみくじが隠されているのです。

おみくじにはこんな仕掛けが!愛らしい布袋尊の人形付きで販売されています(500円)

隈研吾が再建した美しい庫裏の空間を体験した後は、本堂に戻ってその裏側へ。
腰掛けに座って、おみくじを読みすすめてもよいし、お寺にたなびくのどかな空気にくるまれ、清々しい新しい年の幕負けにひたるのもよいでしょう。

大雄宝殿の裏手は静かでのんびり過ごしたい人におすすめ
information

瑞聖寺
東京都港区白金台3-2-19
TEL 03-3443-5525
http://www.zuisho-ji.or.jp/#zuishoji