桜の開花に首を長くしていた3月中旬のある朝のこと。
突如として目に映ったのは背の後光が太陽を思わせる大佛様の後ろ姿。
それは世田谷区大蔵の街に静かに佇んでいました。

通称「おおくら大佛」。
高さ8メートル、重さ8トンのブロンズ製のお姿は世田谷通りに背を向けているものの固唾を飲ませるオーラを放ち、真正面から拝んでみたい気持ちをかき立ててくれました。

おおくら大佛が建っているのは「東光山 妙法寺(とうこうさん みょうほうじ)」。
約350年前に創建された日蓮宗のお寺です。
大蔵の隣町、宇奈根にある常光寺(じょうこうじ、1585年頃の開山)に地域の人々がお寺を作って欲しいと頼んだ結果、創建されました。

「東光山」の文字が書かれた風雅な山門をくぐり、境内へ。
この山門は「法華門」といわれ、目黒碑文谷法華寺の庫裡の門を復元再建したもの。
昔、この門の前には砂利道が続き、近くの東宝撮影所で行われていた黒澤明の監督作『七人の侍』(1954年)の撮影時にはお侍の衣装を着けた役者さんたちがジャリジャリと草履で地を鳴らし、往来したとか。

山門からまっすぐ進むと檜作りの本堂へ。
かつては藁葺き屋根の小さなお堂で、裏にはヒノキ林が広がっていたそう。
右隣の客殿は埼玉県川口市のお医者さんのお宅を移築したもので、目の前には和の趣のある庭が造園されています。

庭と客殿の間にはお掘りもあり、たくさんの錦鯉がゆったりと泳いでいる

豊かな緑にあふれている境内は左奥に深い竹藪が広がり、本堂や客殿の前にはイチョウやコブシ、ツツジやモミジなどの樹木が連なっています。

このお寺を訪れる前、大蔵や成城の道路に植えられた桜は三分咲きかそれにも満たない状態だったのにもかかわらず、境内の桜は満開に近い状態。秋田県角館から移植された枝垂れ桜や大島桜などが春の訪れを感じさせてくれました。

秋田県角館から移植された桜。長い枝をふわりと広げ、客殿を彩っている

とくに境内中央にある枝垂れ桜は優雅で、まるで麗人のよう。かつては空が見えないほど傘のようにたっぷりと枝垂れ、全国の桜の様子を伝えるテレビ番組でも頻繁に取り上げられたそうです。

近所の方から外国人観光客の方までが、咲き誇る桜に感嘆の声を漏らしては笑顔で記念撮影をしていた

また春の桜が終わると、境内では初夏から夏にかけてサツキや花ショウブ、ハス、サギ草などが目を楽しませてくれます。

さて、世田谷通りから後ろ姿を拝んだ大佛様ですが、正面からのお姿を拝むべく台座のある場所を探したところ、お寺が管理する墓所の一角に建っていました。
よく見ると後光には四菩薩を伴っています。これは法華経の一番有難い佛様を表したもの。ちなみに台座の下は納骨堂になっています。

墓所全体を見渡している大佛様。見守られている安心感があるのか、墓参りの方々も穏やかに大佛様を眺めている

正面から拝んだ大佛様は慈愛に満ちたお顔。
近づくとセンサーが働き、ゆっくりとこちらを向いてくださるという、なんとも有難い仕掛けがなされています。

大佛様は9時から17時までは南向き(世田谷通りから見ると後ろ姿)。17時から翌9時までは180度回転して北向きとなり、世田谷通りから正面のお姿を拝めます。

1994年に完成して以来、交通安全と世界平和を祈念すべく1日1回動くおおくら大佛は「回る大佛」として人々に親しまれてきました。その面白い仕掛けがたびたびフィーチャーされますが、妙法寺の緑なす境内も気分が安らぐ場であることも、お見知りおきください。

境内にいるとご近所と思しき人たちが入れ替わり立ち替わりやって来ては談笑しあったり、お寺のお世話に勤しんだり。その場に居合わせるとスッと気持ちが和らいでいくのを感じます。なんというか、フレンドリーな気分に浸れるお寺なのです。

かつて地域の人たちがこのお寺の創建を願ったのは、きっと心の拠り所や憩いの場を必要としたからかも。先人たちの思いは実り、この先も脈打っていくのでしょう。

INFORMATION
手作り出来る「回る大佛」のペーパークラフトキットも。テーブルの上にちょこんと置いておくだけで家の安心感がアップするかも?

東光山妙法寺
東京都世田谷区大蔵5-2-13
TEL 03-3417-8080
http://miyouhouji.or.jp/