東急線の「田園調布」駅、「自由が丘」駅、そして「九品仏」駅のちょうど中間に位置する玉川田園調布。
いずれの駅からも徒歩圏内でありながら、そこには気品と洗練がにじむ瀟洒な邸宅街が広がっています。
「学園通り」のある一角を曲がると、ふいに森の中に迷い込んだような緑豊かなお宅が現れます。
美しい年季を刻む木の看板に導かれ、石段を上がった先にあるのが「PATE(パテ)屋」。
1973年創業の日本におけるパテ文化の草分け的なお店です。

知らなければ通り過ぎてしまいそうな佇まいですが、一歩足を踏み入れれば、そこには森林浴に訪れたかのような、心がすっとほどける穏やかな空気が満ちています。

店頭に並ぶのはレバーパテをはじめ、パテ・ド・カンパーニュ、ポークリエット、そば粉のペースト、イカの墨煮、ラタトゥイユ、北欧風ニシンのマリネなど、素材と対話してその個性を引き出したようなパテや洋風お惣菜の数々。
1品添えるだけでいつもの食卓が華やぐものばかりで冷蔵ケースの前でどれにしよう…をアタマと胃袋に問いかける時間さえ、心地よく感じられます。

敷地内には毎週、木曜日と金曜日にオープンするカフェが併設され、パテ屋で販売されているパテやペースト、ケークサレ、デザートなどがいただけます。
お店とカフェをつなぐお庭は蔦が絡まる木々の緑に囲まれ、まるで森を描いた絵本の舞台背景を思わせる、あたたかみのある空間。ちょうど散り始めたばかりのソメイヨシノの花びらが淡いピンクの絨毯を作り、桜の季節特有のほんのりとした湿り気を含んだ空気が漂っていました。

花と木々が混じり合ったような匂いに誘われ、レンガ色のカフェの引き戸を引くと、店内には穏やかで静謐な空気が満ちていました。そこには木の温もりが感じられるアンティーク調のテーブルや椅子、壁にはピアノや美しく年月を刻む食器棚や書棚が置かれ、シンプルな空間に豊かな表情が加えられています。

きっとどこに座っても気持ちの良い時間が過ごせるはず…とゆっくりと店内を見渡すと、ピアノの前に置かれた目に鮮やかなライムグリーンのテーブルが目にとまり、着席。ガラス窓の向こうに見える木々の緑は一幅の絵画のようで、ずっと眺めていたくなります。

オーダーしたのは看板メニューである、パテ屋の人気商品が食せる一皿。
白い楕円形のプレートに並ぶのは4種のパテとニシンの酢漬け、オリーブが秩序よく盛り付けられたプレートとこんがりと焼き色がついたバゲット。

4種のパテは、濃厚な旨味が凝縮されたレバーパテ、滑らかな口どけのクリームチーズペースト、磯の香りとほうれん草の風味が絶妙な牡蠣ペースト・法蓮草入り、そして、滋味深い味わいのポークリエット。
それぞれ素材の個性が際立ち、一口食べると、その奥深い旨みがじんわりと身体を巡ります。

身の引き締まったニシンの酢漬けは、濃厚なパテの合間にいただくことで、その爽やかな酸味が口の中をリフレッシュさせてくれるよう。
また、パテやニシンをのせていただくバゲットは隣席からもカリカリッと軽快な音が聞こえ、これもまた笑顔を生み出してくれるのです。

カフェではパテの他にもケークサレ(塩味のお惣菜系ケーキ)を楽しむことができます。
登場したのは、「玉ねぎとベーコンのケークサレ」(600円)。具材の旨みが凝縮された生地にお好みでメイプルシロップをかけると、甘塩っぱいハーモニーが生まれ、奥深い味わいを楽しむことができます。

〆はブルーのお皿に鮮やかなオレンジ色が目を引く安納芋のスフレ(600円)。
スプーンを入れると、しゅわっと優しい音を立てるスフレを口に運べば、とろけるような舌ざわりと安納芋本来の自然な甘さが広がり、じんわりと心が安らいでいくよう。

どのテーブルの上にも食の風景にさりげなく彩りを添える花たちが生けられていました。お店の方によると、時折、近所の花屋さんが季節の美しい花々を届けてくれるそう。可憐なハナミズキや丸いフォルムが愛らしいスノーボール、ラナンキュラス・シャルロットなどが空間を彩っていました。

厨房の前に設けられた書棚には、パテ屋を創業された林のり子さんの著書をはじめ、食に関するエッセイ集や専門的な料理本、心を豊かにしてくれるアートに関する書籍などが並んでいます。食事を待つ間や食後の余韻に浸りながら本を手にとるのも、このカフェでのお楽しみ。

帰り際、幸運にも林のり子さんご本人にお目にかかることができました。
穏やかな笑顔が印象的な86歳の林さんは、かつては建築の世界にいらっしゃり、オランダ・ロッテルダムやパリの建築事務所で働いた経験をお持ちの方。しかし、ニューヨークで出会ったパテの奥深い美味しさに衝撃を受けたことから料理の道に進むことを決意され、ご自宅でパテ屋を開業されたそうです。
お店に並ぶパテやペースト、そして丁寧に作られたお惣菜は、昨今流行りの“映える”見た目ではないかもしれません。しかし、その味わいは食卓にそっと寄り添い、ささやかながらも幸福感が感じられる、忘れられないもの。

子どもの頃に疎開した岡山と九州での暮らし、ヨーロッパでの生活、そして幼い頃から外国通のご両親のもとで西洋料理に慣れ親しんできたこと…林さんのそんな豊かな経験とみずみずしい感性、そして林さんを慕うスタッフの方々の想いが、名店と言われるパテ屋の奥深い味わいを育んでいるのかもしれません。

玉川田園調布という洗練された街にありながら、初めて訪れた旅先でふと心惹かれて立ち寄ったカフェのような、肩の力が抜けるような心地よさ。
食べることはもちろん、それを取り巻く環境がこんなにも豊かな気持ちをもたらすとは。そんな気づきが得られる場所があるって素敵だと思いませんか?
それが、パテ屋の何に代えがたい魅力だと感じたひとときでした。
information

パテ屋
東京都世田谷区玉川田園調布2-12-6
03-3722-1727
https://pateya.com