中目黒駅から山手通りを五反田方面へ歩むと、ふと空が高く抜ける場所に行き当たります。絶え間なく車が行き交う、山手通りと駒沢通りの交差点。その喧騒をすり抜けた先に「正覚寺」はひっそりと息づいています。

交通量の多い山手通り沿いに建つ「正覚寺」。大樹がビルの谷間でひときわ存在感を放つ

以前から存在は知っていたけれど、実際に足を踏み入れたことはない―このお寺にそんな印象を持っている方も少なくないのではないでしょうか。
その存在感に一役買っているのが、幹が太い銀杏をはじめとする背の高い樹木です。見上げれば、青々と、あるいは鮮やかな黄金色へと季節ごとに色を変える葉が、風にそよぐたびにサワサワと心地よい音を響かせています。どれも空を覆うように枝を伸ばし、どこか畏怖の念を抱かせるような澄んだ静寂を漂わせています。

正覚寺は1619(元和5)年、日栄上人によって開かれた日蓮宗の寺院。
碑文谷の法華寺(現在の円融寺)の末寺として創建されました。寺門を支えたのは、仙台藩の三代藩主・伊達綱宗の側室であり、四代藩主・綱村の生母にあたる三沢初子(みさわ はつこ)でした。正覚寺はもともと初子の両親の菩提寺であり、境内には初子のお墓もあります。

彼女の篤い帰依により、正覚寺は伊達家ゆかりの寺院として400年以上の歴史を紡ぐことになります。境内には初子の像も残され、思いがけず藩政時代の記憶にふれることができます。

正覚寺の繁栄に貢献した三沢初子の銅像は1934年に彼女の遺徳を偲んで建立された

境内の中心に鎮座するのは、安産や子育ての神として古くから人々の信仰を集めてきた「鬼子母神堂」です。お堂の向拝を見上げると、躍動感あふれる見事な龍の彫刻に目を奪われます。じっと見つめていると時間を忘れてしまうほどの美と迫力!

堂々とした構えの「鬼子母神堂」。毎月18日のご縁日に鬼子母神像がご開帳される
お堂の前に立つと、精緻に刻まれた龍の彫刻に思わず息を呑んでしまう

お堂には伝教大師(最澄)の作と伝わる開運子安鬼子母神が安置され、三沢初子は幼くして藩主となった息子・綱村の安泰を願い、祈りを捧げたといわれます。母の一途な想いは結実し、のちに「伊達騒動」の波乱をくぐり抜けた綱村は名君として名を馳せました。母への思慕も深く、江戸滞在中には頻繁にこの地に足を運んだとか。

鬼子母神といえば、東京都内では豊島区の雑司ヶ谷が広く知られていますが、城南エリアに目を向けると、祀られているお寺はかなり限られるのではないでしょうか。そうした意味でも、正覚寺の鬼子母神堂は貴重な存在といえます。

鬼子母神堂のすぐそばには、体を洗い清めることで自らの穢れを流してくれるという浄行様も

さて、境内の建物の意匠に注意深く目を凝らすと、このお寺の遊び心にふれることができます。
本堂の入口に掲げられた「實相山」の扁額の上には、亀を象った風情ある飾りがひっそりと添えられています。さらに隣接する寺務所の軒先を仰げば、艶やかな牡丹の花に包まれるように「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿が! そのどこか愛らしくおどけた表情に思わず笑みがこぼれます。

左から「祖師堂」「本堂」「寺務所」が建ち並ぶ。鬼子母神堂は祖師堂の傍らに佇む

実は初子の死後、彼女の邸宅が正覚寺へ奉納され、その部材を用いて諸堂が再建されました。欄間や板戸、天井板などは今も本堂や寺務所に現存し、当時の面影と職人の精巧な手仕事を伝えています。
亀や三猿が初子の邸宅に使われていたものかどうかは不明ですが、職人の遊び心と精巧な手仕事が宿る建築のディテールを探すのも、このお寺を訪れる密かな楽しみといえるでしょう。

本堂にあしらわれた亀の飾り。赤銅色の甲羅が美しい
寺務所の軒先にいる見ざる・言わざる・聞かざる

境内の大きな銀杏には「橋本牧場畜牛供養塔」と刻まれたプレートが掲げられ、その傍らには供養塔本体がひっそりと安置されています。
トレンドを牽引するおしゃれな街として知られる現在の中目黒からは想像もつきませんが、実は明治中頃から昭和初期にかけて、この地では広く酪農が行われていました。周辺に数多くの牧場が広がり、人々に新鮮な牛乳を届けていたといいます。

橋本牧場は明治20年から大正12年にかけて、上目黒4丁目付近に約3千坪もの敷地を構えていた牧場でした。
この碑は牧場をたたむ際に敷地内に建てられたもので、その後、街の開発にともなって移転を重ね、2007(平成19)年にここ正覚寺の境内へと引き取られました。

天に玉ねぎのような装飾をのせた小さな供養塔がプレートとともに牧場の記憶を伝える

お寺が祀る「鬼子母神」は字面から恐ろしく、荒ぶる神という印象を受けるかもしれません。
しかしその本質は、子授けや安産、そして子どもの健やかな成長を深く見守る慈悲深い神様。かつてこの地で搾られた牛乳が子どもたちの成長を支えていた歴史を思えば、この小さな供養塔が伝える牧場の記憶と鬼子母神は、どこか深いご縁で結ばれているようにも思えます。

鬼子母神と縁の深い果実であるザクロは正覚寺の寺紋にも用いられる
よく見ると山門の上にもザクロが! 葉っぱや実の形がリアルで目を惹かれる

普段は静けさに満ちた正覚寺ですが、年間行事のなかで最も賑わいを見せるのが「御会式(おえしき)」です。日蓮宗の宗祖・日蓮聖人の忌日である10月13日を中心に、聖人を偲んで営まれる法要で、大本山である池上本門寺をはじめ全国の寺々で行われます。

正覚寺では、日蓮聖人を祀る「祖師堂」にて法要が営まれ、夕闇が迫る頃には「万灯練(まんどうねり)供養」が始まります。聖人が入滅した際に季節外れの桜が咲き誇ったという言い伝えにならい、繊細な和紙の花で彩られた万灯が掲げられます。賑やかな団扇太鼓の音が境内に響き渡り、この日ばかりはあたたかな熱気と賑わいに包まれるそうです。

鬼子母神堂の隣に建つ「祖師堂」。毎月12日の14時からは「十二日講」が開かれ、参加者が読経を行う

2026年の御会式は10月18日。
その頃、中目黒の街には秋の風がそっと吹き抜けていきます。

やがて訪れる冬には見上げるほどの大銀杏が一気に黄金色へ染まり、山手通りを行き交う人々をハッとさせる彩りを放ちます。
そして葉を散らした静かな枝越しに、本堂の屋根が透けて見える頃。境内はどこまでも深く澄み渡り、凛とした静寂をまとっていくのです。

季節が巡るたび、鮮やかに、あるいは静かに表情を変える正覚寺。
背の高い樹木の移りゆく佇まいに巡り合う瞬間が楽しみです。

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