6月の終わりから7月の初め、日本各地の神社では「夏越の大祓(なごしのおおはらえ)」が執り行われます。
これは1年の折り返し地点に立ち、上半期に知らず知らずのうちに積み重ねてきた罪や穢れを祓い、残る半年の無病息災を祈る神事。その象徴として参道に配されるのが人の背丈よりも大きな「茅の輪(ちのわ)」です。
参拝者は「チガヤ」という草を束ねて編んだ大きな茅の輪を、左・右・左と8の字に3度くぐり抜けます。なかには「水無月の夏越の祓する人は、千歳の命延ぶといふなり」と声に出しながら輪をくぐる人の姿も。古代から、このような作法によって心身が清められ、災厄から逃れられると伝わってきました。

また、多くの神社では「形代(かたしろ)」と呼ばれる人形(ひとがた)の紙に、自分の名前を書き、息を吹きかけたり身体を撫でるなどして、穢れを移します。その後、形代は神社でお焚き上げされることで祓い清められます。
これらの風習は、備後国に伝わる蘇民将来の説話に由来するとされ、平安時代にはすでに宮中行事として行われていたそう。千年以上の時を経た今もなお、人々は茅の輪をくぐりながら、目には見えない疲れや穢れを祓い、1年の後半に向けて歩むのです。

東急池上線「石川台」駅を降りておよそ2分。
駅前に通じる通りを抜けるとそこは四つ辻で、その一角に石造りの鳥居が姿を現します。
あの世とこの世が交じるといわれる四つ辻に建つのが「雪ヶ谷八幡神社」。

永禄年中(1557〜1569)の創建といわれるこの古社でも、夏越の大祓の時期になると茅の輪が設けられ、参拝者がひとり、またひとりと輪をくぐる姿が見られます。
茅の輪をくぐり境内へ進むと、正面に朱塗りの社殿がどっしりと構えています。
緑青を帯びた銅板葺きの屋根は重厚で、その下には雲や波を象った精緻な彫刻が軒を飾ります。向拝に張られた太い注連縄、左右に吊るされた「雪谷八幡」の提灯。権現造りの格式を漂わせた流麗な佇まいは凛とした存在感を放っています。


この神社の歴史を語るうえで、欠かせない人物がいます。それが太田新六郎です。
以前ご紹介した「太田神社」の由来にも連なる新六郎は、江戸城を築城した武将・太田道灌の甥にあたる人物。彼がこの地を巡視した際、ある霊験を得たことから八幡大菩薩を創祀し、それが雪ヶ谷八幡神社の創建に深く関わっていると伝わります。


境内を歩くと、歴史の断片があちこちに顔をのぞかせます。
鳥居のそばにどっしりと鎮座するのは「横綱大鵬 (たいほう)出世石」。昭和の相撲界に君臨した第48代横綱・大鵬は、心・技・体の三位一体を兼ね備えた「不世出の大横綱」と称えられた人物。この境内で子どもたちに稽古をつけ、毎年節分祭にも参列していたそうです。彼は自らの立身出世は雪ヶ谷八幡神社のお陰であると、直筆の文字と手形を石に刻んで、この碑(出世石)を奉納しました。


鬱蒼とした樹々が日陰を作る社殿脇に並ぶ7基の庚申塔も歴史の語り部。
庚申塔は道祖神信仰や旅の安全祈願とも深く結びついた石塔で、とりわけ「道開き」の神として知られる猿田彦大神の信仰とも重なり合います。
道に迷うことなく目的地に辿り着きますように―。そんな願いをこめて、人々は街道の辻や村境に庚申塔を建ててきました。7基のうち、1基は新田神社に向かう道しるべの役割も担っています。


本格的な夏(今年も猛暑が予想されます…)を迎える前、茅の輪を8の字にくぐりながら、知らず知らず抱え込んでいた疲れや穢れをそっと祓いませんか。
information

雪ヶ谷八幡神社
東京都大田区東雪谷2丁目25-1
03-3728-0753
https://yukigaya.info/s/index.html

