瀟洒な邸宅が並ぶ閑静な住宅街、世田谷区代沢。
下北沢と三軒茶屋という2つの賑やかな街を結ぶ茶沢通りから一歩足を踏み入れると喧騒が消え失せ、別世界のような静寂が広がっています。
古くから、政治家や著名人が居を構えた地として知られる代沢を見守ってきたのが「北澤八幡神社」と隣接する「森厳寺(しんがんじ)」。
この地を代表する2つの聖域を訪れました。
地域を見守る高台の社、北澤八幡神社

室町時代の文明年間(1469~1484)に創建されたといわれる北澤八幡神社。
世田谷城主・吉良氏が鬼門(東北)守護のために勧請したこの社は地域の氏神様として、地元の人々に親しまれています。
堂々とそびえる石造りの鳥居をくぐると、視界の先は石段が続く高台へ。
先日ご紹介した「中目黒八幡神社」よりも勾配のある境内に歩を進めると児童公園や神楽殿が、さらに上がると社殿や境内社が姿を現します。
社殿の前には「嘉永5年(1852)」と刻まれたシンプルな狛犬が一対。
現在の社殿は1978(昭和53)年に造られたコンクリート造りで、鮮やかな装飾が施されています。御祭神として祀られるのは、応神天皇、比売神、神功皇后、仁徳天皇。

高台に佇むその姿は威厳に満ち、とくに屋根下の彫刻部分には青・赤・緑の色彩が巧みに配され、細部にまでこだわった美しさが際立ちます。
社務所の近くに積み上げられた溶岩は小さな「富士塚」。
ここは「富士山遥拝所」であり、晴れた日に西の方角を望めば、はるか彼方に雪を被った霊峰・富士の姿が映ります。
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また、社殿の左右にはいくつもの境内社が並びます。
産土社をはじめ、弁財天、野屋敷稲荷社、愛宕稲荷社、長栄稲荷社など、歴史と信仰が息づく小さな社が寄り添うように鎮座しています。

なかでも産土社は、かつて代沢に近い「池の上」から「池尻」にかけて広がっていた大きな池を住まいとしていた龍を祀っています。
地名に残る「池」はおそらく龍が暮らしていた場所だったのでしょう。もしかしたら今も龍が住んでいるのかもしれない…と思うと、より一層神秘的なムードを醸します。永い暦を感じさせる可愛らしい狛犬や細やかな意匠が施されたこのお社は、旧本殿の建物をそのまま受け継いでいます。


2023年には御鎮座555年という節目の年を迎えた北澤八幡神社。
とくに春を迎えると鳥居の横には河津桜が咲き誇り、参拝する度、心が明るくなるようです。
女人守護の古刹、森厳寺

北澤八幡神社のすぐ隣には、深い緑に抱かれた森巖寺が佇んでいます。
こちらは北澤八幡神社の別当寺で、「粟嶋の灸」と書かれた威厳を感じさせる看板を掲げた山門をくぐると、イチョウの大木や中・低木が織りなす緑深い木立が静謐な雰囲気を伝えます。

石畳の参道を進むと淡島堂や淡島幼稚園、風格のある本堂へと続きます。
このお寺は1608(慶長13)年に徳川家康の次男である結城秀康(ゆうきひでやす)の位牌所として建立されました。
秀康は10歳のときに豊臣秀吉の養子となり、やがて結城家の家督を継いで越前67万石の藩主となった人物。
34歳の若さで他界した秀康ですが、自分の死をさとった時、江戸にお寺を建てて自分の位牌をまつるようにと命じました。こうして森巖寺が開かれたのですが、彼の出自が三つ葉葵の紋に見受けられます。


1836(天保7)年に建立された淡島堂に祀られているのは「淡島様」こと、医療と医薬の神である少彦名神。淡島様=少彦名神は諸説ありますが、婦人病や安産祈願など、女性のための神様として信仰を集めています。
お寺の境内にありながら、狛犬が鎮座しているのは淡島様が神様であることから。


淡島様は全国にある淡島神社や和歌山県の淡嶋神社(加太淡嶋神社)で信仰されていますが、この地への安置には次の話が伝わっています。
森巖寺の初代住職が持病の腰痛に悩まされていた時のこと。
淡島様が「お灸をすえなさい」と夢枕に立ったことから、早速、お灸をすると永年の腰痛が嘘のように全快。こうして住職は自身の経験から紀州の加太淡島神社に願い、境内に淡島神を勧請したのだそう。
ちなみにお寺の近くにある「淡島通り」の名前はこの淡島様に由来します。

淡島堂の脇にある八角堂には弁財天が安置されています。
弁財天はヒンドゥー教の水の神「サラスヴァティー」に由来する、知恵や芸術、財運、繁栄を司る神。森巖寺では弁財天のご利益を願う人々のために「銭洗いの場」が設けられ、ここでお金を清めると、財運が高まるとか。


穏やかなお顔の弁財天の横には、なんと(泣く子も黙る形相の!)閻魔大王像と不動明王像が安置されています。
閻魔大王は死後の世界で亡き者を裁く存在、不動明王は人々を悪から守る力強い神。

このお寺を訪れると、慈愛と威厳という2つの力が織りなす、なんとも形容しがたい神秘的な神仏空間に包まれます。

北澤八幡神社と森巖寺。
代沢にある静寂閑雅な2つの聖域を春の光に包まれながら散策してはいかがでしょうか。きっと都会の喧騒をいつのまにか忘れ、心に安息が満ちていくことでしょう。
INFORMATION・北澤八幡神社

世田谷区代沢3-25-3
03-3422-1370
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/setagaya/2949/
INFORMATION・森巖寺

世田谷区代沢3-27-1
03-3421-1730
https://shinganji.jp/