目黒区スレスレの世田谷区に位置する奥沢では地元の人々が大切に守り伝えている2つの伝承があります。1つは本マガジンでも紹介した「さぎ草伝説」、もう1つは「大蛇お練り」です。

東京・城南地区のなかでも異彩を放つ神事「大蛇お練り」にはこんな話が伝わっています。
江戸時代中頃のこと。
奥沢に疫病が流行し、多くの村人が病に倒れたことがありました。
ある夜、この村の名主の夢枕に八幡大神が現れ、こんなお告げがありました。
「藁で作った大蛇を村人が担ぎ、村内を巡行するがよい」と。

そのお告げの通りに実行するとたちまち疫病は終息。
こうして大蛇は疫病除けの守護神として崇められ、奥澤神社では年に1度、藁で作った大蛇を担いで村内を練り歩く「大蛇お練り」が誕生。また表参道の鳥居には藁の蛇を巻き付ける慣習も生まれました。

奥澤神社の鳥居には藁で出来た蛇が!よく見ると愛嬌のある顔が微笑ましい

2024年は9月14日(土)・.15日(日)が奥澤神社例大祭で、14日に大蛇お練りが開催されました。
創建が室町時代と伝わる緑豊かな神社の境内では、午前10時の出座に合わせて9時30分ぐらいからさぎ草のシルエットや背に「大蛇神輿」の文字がデザインされた半被をまとった氏子の皆さんが集まり始めました。半被姿の背からみなぎっているのは「今年もお練りの日がやって来た!」というハレの日ならではの昂った士気。

藁で作られた蛇が顔を覗かせる社殿の前では、いつの間にか集まった多くの参拝者が御神木まで列を作り、神楽殿ではお囃子のリハーサルが。鳥居の近くから社殿奥の弁財天社までは開店前の人の気配がない露店が軒を連ね、本番を待っています。

お練りが行われる前に参拝する人たち。社殿に安置されている大蛇を撮影する人も多い
神楽殿でお囃子が奏でられるなか、お練り団は神職からお祓いを受ける

10時、社殿に安置されていた大蛇は約20人の氏子によって担ぎ出されました。
宮司による修祓後、鳥居を出ると、いよいよお練りの始まり!
先頭に神職、1対の提灯、大蛇、1対の提灯というお練り団は、表参道の鳥居から東にのびる「奥沢大蛇通り」のお神酒所に立ち寄った後、定められた順路といくつか設けられたお神酒所を巡って、かつて奥沢城が築かれていた九品仏の「浄真寺」まで練り歩くのです。

奥沢周辺のルートを約3時間かけて練り歩くお練り団。参道に立って見守るご近所の方も

神職が紙吹雪を巻き、藁の大蛇は身をくねらせながら「ワッショイ、ワッショイ」の威勢のよい掛け声と共に、意外にも足早に進んで行きます。全長約10m、直径約25cm、総重量約150kgの藁で作られた大蛇が厄除開運を願って練り歩く姿は圧巻!

通りにはこのユニークな神事を一目見ようと地元の人たちの他、ベストショットを狙う一眼レフカメラを持つ人たちも集まります。皆、お練り団の動きを読みながら、駆け足で前へ前へ。本記事の企画者であり、一眼レフで撮影を担当したM嬢も奥沢大蛇通りではダッシュの連続でした。ちなみに通行止めはなく、車が普通に走る通りでは氏子の方たちが見物客の安全を守るための声がけも忘れません。

大蛇お練りの進むスピードはかなり速い!少しでも足を止めるとあっという間に追い抜かれてしまう

さて、お練りの主役である大蛇作りについてふれておきましょう。
大蛇は「ジャ」と呼ばれ、祭礼の1週間前に宮司や氏子たちによって作られます(同時に大神輿と子ども神輿にからませる小型の蛇も製作)。
大蛇作りは購入した大量の藁を束ねることから始まり、主には頭部と胴体に分担されます。頭作りは伝承された技法によって顔を藁で編み、別に作った目玉をはめ込み、細縄で作った髭を付けます。ちなみに戦前は作り手が藁を2、3束ずつ持ち寄り、餅米の藁が最も喜ばれたとか。

また、お練りの蛇についてはこんな面白いエピソードもあります。
大蛇お練りは昭和14年から32年まで中断されていました。その理由は昭和14年に木製の鳥居から現在の石製に変わったことで「蛇のお腹が冷えてしまう」から。アニミズムの民である日本人らしい敬意の払い方、万物と共生する姿勢がうかがわれます。

この大蛇は「奥沢大蛇通り」と道の名前にもなっている。長い歴史と人々の生活に根付いている様子がうかがえる

お昼すぎ、境内では露店が開かれ、明るく、華やいだ空気に満ちあふれていました。香ばしい焼きものの匂いがたなびき、参拝する人たちや目当ての露店を探す人たちが生む心地の良い喧騒。その日の楽しみの全てがつまっていた大切な硬貨を握りしめてお祭りに訪れた幼き日を取り戻す時間…。

昔ながらの露店や子供達のはしゃぐ声は、お祭りってこういうものだったよなあ…と思い出させてくれる

多くの人たちの手には藁が見られましたが、これは大蛇を作っている時に出た藁で、厄除けになるそうです。

毎年、お練りを終えた大蛇は社殿に1年間安置された後、しめ縄の代わりに鳥居に巻き付けられます。
土地の慣習と人々の想いが手を結び、奥沢では大蛇が見守る1年が始まります。

INFORMATION

奥澤神社
東京都世田谷区奥沢5-22-1
03-3718-2757
http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/setagaya/5537