英国のことわざに「胃袋は耳を持たない(The belly has no ears)」というものがあります。
これは誰かとじっくり話をしたい時は空腹の時は避け、お腹が満たされて気分がよくなった時にしましょう、という意味。
忘年会やクリスマスパーティーなど、食事をしながら人との対話が生まれる機会が多い12月はことさら、このことわざが身に沁みるようです。

美味しい料理は人を笑顔にし、心のひだを緩め、目の前の人との間に親和性の架け橋を作る働きがあります。
訪れたのはフランス・リヨンにある本店がミシュランガイドで1965年に三ツ星を獲得して以来、50年以上に渡って星を守り続けたことで知られる、クラシックフレンチの名店「メゾン ポール・ボキューズ 」。フランス料理の巨匠にしてヌーベル・キュイジーヌ(新解釈のフランス料理)の騎手、故ポール・ボキューズの味を継承するレストランです。

旧山手通りに面した「代官山フォーラム」1階のらせん階段を降り、地階のエントランスで出迎えてくれたのは風格あるクリスマスツリー。人通りの多い通りの喧騒を忘れさせてくれる静謐と優雅が織りなす場に佇むと、これから始まるレストランでの体験に胸が高鳴ります。

ゲストはエントランスから向かって右側にある待合室へ。アンティーク調のカウンターやソファ、テーブルなどが作り出すラグジュアリーな室内で、しばし寛ぎます。短い時間ではあるものの、ここはポール・ボキューズの料理を味わうための心と体を“慣らす”場ともいえます。

立ち働くシェフたちの熱気が伝わってくるオープンキッチンを通り抜け、テーブル席とソファ席が並ぶ「ダイニング」へ。朱の壁と茶を基調にした広々とした室内はここが地階であることを忘れさせる開放感のある設計となっています。

オープンキッチン前のカウンターはテレビドラマ『グランメゾン東京』(2019年)に登場したレストラン「gaku」の撮影に使われた
色調がアートギャラリーを彷彿させる「ダイニング」。中央の丸テーブルは3~4人掛けの席になっている
どのコースにもサービスされるブルゴーニュの郷土料理「グジュエール」。充実したドリンクメニューから好みのものを合わせたい。

いただいたのはMENU SPÉCIAL 6,500円(+サービス料10%+消費税10%)。
前菜はコンソメゼリーの上にのった艶やかな「じゃがいものムース」。きめ細やかに裏ごしされたムースにクルトン、トリュフ、グリルした生ハムをアクセントに、シルクを思わせる滑らかな食感が口いっぱいに広がります。次に運ばれてくるメインディッシュにバトンを手渡すのに相応しいボリュームと味わい。

このコースはメインが3品(肉料理2、魚料理1)。そんな量を食べきれるかしら?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。が、どれも小さなポーションで提供されるのでご安心を。

「鶏もも肉のコンフィーとピュイ産レンズ豆のサラダ仕立て」はポルト酒とマデラ酒を合わせた甘みのあるソースの上に鶏もも肉と白レバーのコンフィがのった、野性味溢れる一品。その匂いに鼻先をくすぐられながら一口、また一口と食べ進みながら感じるのは、手が込んでいながらも飾り気のない力強さ。

付け合わせの野菜もたっぷり。やわらかなレンズ豆は弾力性のある鶏もも肉のコンフィの味のメリハリに

フレンチ伝統のブールブランソースを使っている魚料理が「天然平目のムニエル ブールブランソース 完熟トマトのドゥミセッシェ」。

甘みのあるポワローネギ、舌平目の上にのったマツブ貝やエシャロット、セミドライのトマトなどもブールブランソースと好相性

舌平目の旨みを白ワインとバターを使った濃厚なブールブランソースが引き立て、口に入れた瞬間、美味しさがまるで滝のように流れ落ちてくるかのよう。それが五臓六腑に広がるや、王道フレンチを味わう喜びで胸がいっぱいになります。

2つ目の肉料理は「スペイン産ガリシア栗豚のロースト 香ばしいニンニク風味のジューソース オニオンのタルティーヌ仕立てリヨン風」。

クミンが効いている人参のピューレとともにガルシア豚のローストを堪能したい

栗を食べて育つガルシア豚は薔薇色の切り口が美しく、噛みしめるたびにジューシーな肉汁と旨みが滲み出て、しばし呆然。クリーミーな玉ねぎソースがのせられている軽快な食感のパイ(中央上)はフランスの「美食の都」リヨンの郷土料理。

ところで、ポール・ボキューズをはじめとするフランス料理のレジェンドたちが礎を築いたヌーベル・キュイジーヌの着想となったといわれるのが日本の懐石料理。1964年の東京オリンピックで来日したフランス人選手団や関係者が懐石料理の味や見た目、食材の使い方に感銘を受けたことから、やがてフランス料理界にそのエッセンスが取り入れられるようになったそう。

「メゾン・ポール・ボキューズ」の料理長はポール・ボキューズ氏と一緒にリヨン本店で働いた経験をもつ

メイン3品をいただいた後は季節のデザートへ。クリスマスシーズンは「いちごのフレジェ」が登場します。ベリー系のソースにムースを挟んだスポンジケーキ、ピスタチオソースをかけた紅茶のアイスクリーム、その上には雪氷を思わせる繊細な飴細工がのせられ、サービス担当の方曰く「全ての味を一緒にお楽しみください」。

赤と緑のクリスマスカラーが引き立つフランス伝統のデザート「いちごのフレジェ」

スプーンを飴細工に入れ、下に向かって大胆にカット。フレジェを静かに口に運んでいくと、後は目を閉じて夢中になって頬張るのみ。
クリスマスという素敵な行事がこの世にあることに感謝! 

デザートの後はコーヒーやハーブティー、紅茶とともに小さなゼリーやクッキーなどを楽しむ時間。3時間近くかけていただいたランチが幕を閉じる時には一抹の寂しさに包まれ、今年は何度、美味しいものを誰かと分かち合っただろう…などとセンチメンタルな気分に浸ってみたり。

クリスマスシーズンにはぜひ特別な空間と食事を大切な人と楽しんでみませんか。
「胃袋は耳を持たない」のことわざがあるように、お腹が満たされることは気分も満たされ、会話が弾む配剤となります。耳を持った胃袋は心の底にある想いを言葉で表し、受け止める助けにもなるはずです。

1年の締めくくりである12月、舌の上の至福が幸せな時間を運んでくれますように。

INFORMATION

メゾン ポール・ボキューズ
東京都渋谷区猿楽町17-16 代官山フォーラムB1F
TEL 03-5458-6324
https://www.hiramatsurestaurant.jp/paulbocuse-maison/