ブームの「サウナ」で皆、呪文のように発する言葉が「ととのう」。
たいてい熱気あふれるサウナルームを出て水風呂に浸かった直後に用いる人が多いようです。
サウナの「ととのう」が身体面にはたらきかける言葉だとしたら、精神面を「ととのえる」代表格は映画のように思います。
何かに煩う時。映画の好きなシーンが流れ、我を忘れるほど高揚感(あるいは胸締めつけ感)を味わうと、映画を見る前までの憂いごとが「一体なんだっけ?」となることも少なくありません。おそらく目の前でひろがる物語に没入することで集中力がはたらき、煩いのタネが溶かし流されるからでしょう。
2021年6月にオープンした代官山の映画館「シアターギルド」は、没入感にどっぷりと浸れる約40席のシアター。日常世界からワープできる場所といえます。
没入感のカギを握るもの。それがシアターギルドが2018年から2年がかりで開発したワイヤレスのヘッドフォンです。靴を脱いでリビングルームを思わせる館内に入り、耳に装着した瞬間から没入体験の幕開け。上映中も音量を自分で調節でき、クリアーな気持ちの良いボリュームで映画を鑑賞できます。
このシアターが採用しているのは国際・国内特許登録されている世界初の上映システム「サイレント シアター®️」。これは前述の専用ヘッドフォン、4Kの解像度に対応するLEDパネル(映写幕)、PCとデッキなど上映機材を含めたもので、没入感のある映画体験を提供するために開発されました。
このシステムを作り、映画館を運営する株式会社シアターギルド代表取締役社長 五十嵐壮太郎さんは自身の原体験にあったのが「映画」と話します。
「小学生のころ、父親の仕事の関係でパリのバスティーユに暮らしていました。その住まいの1階が名画座系の映画館で、父に連れられてよく出かけたものです。同年代の男の子といえば休日になるとたいてい父親とスポーツをするのですが、なぜかウチは映画鑑賞(笑)。けれど、この経験が映画と自分を強く結びつけてくれたようです。
その映画館は地域のコミュニティの場でもありました。上映前後にはお客さん同士がおしゃべりを楽しめるし、世代や人種を超えて誰でも気軽に利用できる場。自分が映画館を作るなら、そんな場所にしたいと思っていました」。
誰もが集えるアットホームなラウンジのような映画館。シアターギルドの鑑賞チケットにウェルカムドリンクが1杯付いている点もその表れかもしれません。入場者は美しい木目が暦を語る重厚なバーカウンターでドリンクをオーダーします。
「バーテンダーが上映作品からインスピレーションを受けて作るカクテルをはじめ、ワインやビール、ノンアルコールドリンクなど、10種を用意しています。今後は湯葉チップスのような日本らしさを感じるおつまみも開発するつもりです」。ちなみに上映中もドリンクオーダーが可能で、レイトショーの後はバータイムに。
5×3mのメインスクリーンの前にはハンス・J・ウェグナーをはじめとする名品チェアやソファが並び、どの席に座るのもOK。もちろん、通常の映画館では躊躇してしまう上映中の席移動だって、ここでは自由。また、映画上映以外の時間帯には音楽イベントやファションブランドの展示会、演劇のワークショップ、台本読みの場として用いられることも。
「東京のなかで代官山は一番、パリの街に似ていると思います。個性のある小さなお店が並んでいる街並みやカルチャーを感じさせるスポットが多い点ですね。このシアターは元洋服屋さん。居抜きでそのまま劇場として使えることが物件を借りる決め手になりました。ここが人と人を繋ぐ場所になることを願っています」。
また、シアターギルドが開発した独自の上映システムは場所を選ばないことから、世界展開も視野に入れているそう。
作品に没入できるワイヤレスヘッドフォンを付けてスクリーンで観る映画がやがて国内外のあらゆる場所―黄金色に輝く星がこぼれ落ちてきそうな天空の下だったり、森の古老といわんばかりの大木の太い根に寝そべったり―で楽しめるようになると、映画と人の付き合い方が変わりそうです。かつてSONY「ウォークマン」が音楽と人を外に連れ出したように。そんな日が来るのが楽しみです。
INFORMATION
シアターギルド
東京都渋谷区猿楽町11-6 サンローゼ代官山1F
https://theaterguild.co