目黒通りと首都高速2号線が交差する一角にある間口の狭い雑居ビル。
その2階にあるインドネシア料理店「Cabe(チャべ)」には、開店時間の11時30分を前にすでに人の列ができていました。

ドアの脇にはバリの伝統傘・パユン、壁にはインドネシアにまつわるインフォメーションが所狭しと貼られた、異国のムード漂う入り口

私たちの前には、お店の入り口から階段の踊り場までインドネシア人が3組も並んでいます。
なかにはスーツケースを引いて訪れた人の姿もあり、彼らの期待に満ちた表情から、この店がどれほど本場の味を伝えているのかが、ヒシヒシと伝わってくるようでした。

ついに開店。
人がギリギリすれ違うことができる細い階段に響き渡ったのは、ホールスタッフが奥の厨房へと「ティガ、ドゥア、ドゥア(3人、2人、2人)」とインドネシア語でお客の人数を告げる声。その瞬間、まるで現地の「ワルン」(食堂)に紛れ込んだような気持ちになりました。

チャべとはインドネシア語で唐辛子の意味。店内をインドネシアの国旗や霊力が宿るといわれるクリス(短剣)などが彩る

近所にインドネシア大使館があることから、外交関係者や在日インドネシア人も多いこのお店。店内にはインドネシア伝統のバティック(布地)が仕切りに使われていたり、壁には「ワヤン・クリ」(バリの影絵芝居に使われる人形)がさりげなく飾られています。

インドネシア伝統のろうけつ染め「バティック」。インテリアやファッションにも用いられる
壁には伝統的な影絵芝居に用いられる操り人形が配され、インドネシアの雰囲気を伝える

お客さんのなかにはバティックシャツを着たグループもいれば、ヒジャブを着用した女性や手食で食事を楽しむ人の姿も。ここは文化の交差点であり、日本に暮らすインドネシアの人たちにとっては懐かしい日常を味わえる場でもあるのです。

インドネシア語と日本語が心地よいざわめきを作るお店のテーブルにさりげなく置かれているのは、小さな容器に入った赤色の調味料「サンバル」。
これはインドネシアの食卓には欠かせない辛味調味料で、現地のレストランや食堂で必ずといっていいほど目にする存在です。塩や胡椒、醤油などをあれこれ並べるのではなく「味を変えたいなら、これひとつで」と言わんばかりに、サンバルだけが置かれている潔さ。堂々としていて、インドネシアという国の1つの“主張”を感じます。

インドネシアのお土産に選ぶ人も多いチリソース「サンバル」。日本の輸入食料品店でも購入可能

インドネシアの納豆である「テンペ」を使った「テンペの素揚げ」(528円)はそのまま揚げることで風味がいっそう引き立ちます。表面はカリッと香ばしく、ひと口噛めば、大豆のやさしい甘みと酸味がじんわり。サンバルを付けるとスパイシーな刺激が加わり、味変も楽しめます。

現地ではブロック状で販売される大豆発酵食品の「テンペ」

また、インドネシアでは日常的に豆腐も食されます。
「豆腐と山羊肉のサテ」はほんのりと香辛料が香る甘辛いタレでいただきます。インドネシアでよく食べられる山羊肉と豆腐の組み合わせは好相性。日本で普段いただく焼き鳥にもこんなふうに豆腐の串が添えられていたら楽しいのにな…と思わず想像してしまう、新鮮なペアでした。

「豆腐のサテ」(143円)と「山羊肉のサテ」(330円)。サテはインドネシア語で串という意味

温野菜をたっぷり使った「ガドガド」(935円)はピーナッツソースのまろやかなコクに包まれた、やさしく、どこかどっしりとした安心感を感じさせる一皿。
実は“甘クドい”ソースを予想していましたが、一口食べてビックリ!ピーナッツの長所が余すところなく生かされ、野菜と絶妙なバランスで調和していました。

大きめのクルプック(えびせん)が添えられた「ガドガド」は現地のポピュラーなサラダ
クルプック(えびせん)を割り、具材を混ぜていただくのがインドネシア流

お店の方が「世界一おいしい料理ですよ」と紹介してくださった「ルンダン」(1,650円)は、牛肉がホロホロと崩れ、スパイスが芯まで染み込み、濃厚な旨みで満たされています。体の内側から力が湧いてくるような、その滋味深い味にしばし瞑目。

ゴロッとした牛肉をココナッツミルクとスパイスで煮込んだ「ルンダン」はお祝いの席でよく食べられる

色とりどりのおかずがご飯のまわりを囲む「ナシチャンプル」(1,100円)は、インドネシア料理を初めて食す方におすすめしたいプレート。ランチタイムに注文する人も多いです。
ナシは「ごはん」、チャンプルは「混ぜる」という意味で、現地では両方を混ぜ合わせていただきます。このお店ではおかずが日によって異なり、辛み、酸味、甘みが楽しめる具材がラインアップ。

ランチタイムの「ナシチャンプル」には具沢山のソト・アヤム(チキンスープ)がサービスされる

最後にいただいたのは、パンダンリーフ(月桃)の風味がふわりと広がる「ココナツクレープ」(440円)。
パンダンリーフの緑色が美しい生地には甘く味付けされたココナツロングが包まれ、もちもちとした生地の食感と相まって、食後をやさしく締めくくってくれました。

しゃりしゃりとしたココナツの食感が楽しいココナツクレープ

隣席では料理を待つ間に(お店で販売されている)タピオカチップスの袋を開け、皆でつまみながら、おしゃべりを楽しむインドネシア人たちの姿がありました。
その光景は現地のワルンで過ごす昼下がりのよう。心がふっとほぐれます。
このくだけた雰囲気こそ、お店の求心力なのかもしれません。
言い換えれば「食べることが、そのまま旅になる」―。
そんな体験が待っています。

入り口近くの物販コーナーではインドネシアのラーメンやチップス類、調味料などを販売

ところで、このお店はかつて日本初のインドネシア料理店「せでるはな」があった場所。惜しまれながら閉店してしまいましたが、インドネシアの人たちからの信頼も厚かった名店で、その名を懐かしむ人も少なくないはず。

チャべは在りし日のせでるはなの記憶をふと感じさせてくれるよう。
ランチでもグランドメニューが注文できるという懐の深さ、料理の美味しさはもちろんのこと、スタッフ同士が交わすインドネシア語のやりとりや、肩ひじ張らずに食事を楽しむお客さんの姿に共通の風を感じます。

黒板のインドネシア語と日本語で書かれたメニューにお店のホスピタリティを感じる

そして何より心を打たれるのは、インドネシア文化を敬い、丁寧に育んでいること。
その姿勢がこのお店の魅力をより深く、確かなものにしているのだと思います。

INFORMATION

チャべ
東京都品川区上大崎3-5-4 第1田中ビル2階
03-6432-5748
https://cabe-eco.com