JR「千駄ヶ谷」駅から2024年10月に開館した「将棋会館」を右手に眺めながら、徒歩約5分。
入り組んだ五叉路の先に見えるのが、堂々とした石造りの鳥居と空を埋め尽くさんばかりのイチョウの大樹。鳥居をくぐった先には鳩森(はとのもり)八幡神社の御神域が広がっています。
緑豊かな樹木が安息をもたらすこの神社にいると、ひっきりなしに訪れる参拝者が目に映ります。
七五三の晴れ着がまぶしい子供たちを撮影するシャッター音が高鳴り、地元の人々は静かに手を合わせ、日常の安らぎを祈ります。また、セルフィー片手に訪れた外国人ツーリストは伝統の奥深さに驚く表情を見せ、その傍らを無邪気に歩くお散歩途中の幼い足音の子供たちは境内に未来を刻んでいくよう。そして「鳩森」という社名が表すように、人の足元から足元へポツポツと歩く鳩たちの姿が心を和ませてくれます。いわば、この神社は「地元の庭」的な存在。
神社の歴史は古く、860(貞観2) 年、鳩森と名付けた小さな祠のご神体を求めた村人たちの声に応えるため、慈覚大師(円仁)が応神天皇と神功皇后の御尊像を作り祀ったことを起源とします。慈覚大師といえば先日紹介した目黒不動を創建した人物。これからも城南地区にある神社の開基に、その名と出会うことがあるかもしれません。
境内で出会った犬の散歩に訪れた女性によれば、ここは仕事運を上げたいと願う人々がよく足を運ぶ場所で、時には神社の前に車を停め、参拝だけをすませて帰る人の姿も見られるそうです。
風雅な趣の能楽堂の横で、威風堂々とそびえるのは「富士塚」です。
江戸時代の1789年に築造されたこの富士塚は現存する東京都内の富士塚としては最古の部類に入り、溶岩や石を積み上げて作られています。
富士山の登拝道(登山道)を忠実に模しているともいわれ、実際に登ってみると見た目以上に急な斜面が続きます。高さは約6メートルと比較的低いものの登山道は細くて急な傾斜が多く、想像以上に登るのが大変でした(苦笑)。よって、登拝される際は足元をしっかりと意識してください。小さな富士登山は短い道のりながらも、頂上にたどり着いたときの達成感は格別なものがあります。
境内にある「将棋堂」は、日本将棋連盟との深い縁から1986年に建設されました。
プロ棋士たちが大会の前後に祈願や感謝の参拝を行う場所としても知られる六角形のお堂には「王将」の文字が描かれた約120cmの将棋の駒が鎮座しています。これは当時の日本将棋連盟会長だった大山康晴十五世名人が奉納されたもの。
屋根飾りは将棋盤の脚と同じく、クチナシの実をモチーフにしています。クチナシは対局中の「口出し無し」(助言無用)から。
将棋堂に佇み、ふと思い出したのは、2024年の将棋界において注目の一戦となった藤井聡太叡王(八冠)と伊藤匠七段の対局。同じ年の若き2人による、互いに一手一手を探り合う静かな熱戦はまさに口出し無しの「沈黙の対話」でした。
さて、鳩森八幡神社を後に訪れたのは、千駄ヶ谷の新しいランドマークとなるべく2024年9月に竣工された「ヒューリック将棋会館千駄ヶ谷ビル」(新将棋会館)。1階には将棋道場をはじめ、ショップやカフェから成る「棋の音(きのね)」もお目見えしました。時折、イベントも行われ、10月1日のオープン初日には佐藤康光九段が、 12月14日には伊藤匠叡王がそれぞれ1日店長を務めました。
やさしい風合いの木目が心を穏やかに包み込むカフェでは将棋に由来するメニューを楽しむことができます。
カレーや自分であんを詰める駒形の最中やプリン、ケーキ、棋士の写真がプリントされたカプチーノなどを迷うなか、撮影を担当したM嬢の「ここは(対局にかけて)潔くカレーでいきましょう」という声に背中を押され、2種のカレーを注文。
将棋の戦略用語にかけた、「2種の『相掛かり』カレー」(1,320円)は欧風カレーとキーマカレーをあいがけしたもの。トッピングされた生卵とチーズがルーに奥行きを感じさせてくれます。
対局でお馴染みの大盤解説に由来する「『大盤』勝つカレー」(1,320円)の上で黄金色の衣をまとい、目を奪う存在感を放つのはロースカツ。一口食べるとサクサクの食感とジューシーな肉の旨みが口いっぱいに広がり、身体に活力が行き渡るよう。「カツは勝つ!」で、勝負運が上がりそうです。
もうすぐ迎える新しい年に想いを馳せると、ふと将棋盤が思い浮かびます。
「歩」を一歩ずつ前進させるように、地道だけど着実な歩みを積み重ね、そして苦しい局面に立たされた時には、冷静さと洞察力をもって「逆転の妙手」を見出したいものです。
今年も城南マガジンをご覧いただきまして、ありがとうございまし
来年も東京・城南エリアの魅力をたっぷりお届けできたらと思って
皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。
INFORMATION
鳩森八幡神社
東京都渋谷区千駄ヶ谷1-1-24
03-3401-1284
https://www.hatonomori-shrine.or.jp