「狐福(きつねふく)」という言葉を思い出したのは、年季の入った肌ざわりを感じさせる窓のある室内に足を踏み入れた時でした。

お店の名前は「KON」。入口のガラス戸にはキツネの絵がさりげなく描かれています。日常でそれほど頻繁に使うことはない狐福という、ちょっとノスタルジックな響きの言葉の意味は「思いがけない(想定外の)幸福」。タンスの隙間に偶然コインを見つけた時の喜びに似ているかもしれません。英語では「surprise」や「serendipity」に近い言葉でしょうか。

キツネのイラストがさりげなく入ったガラス窓
庶民的な雰囲気が漂う西原商店街の一角にあるKON

幡ヶ谷駅からのびる西原商店街の一角にあるKONは2021年秋にオープン。オーナーの刺繍作家・小林モー子さんが築60年の古き良き民家を見つけたことから始まったお店は、選りすぐりの材料をシロップにした「かき氷」や熊本の郷土料理「こんにゃく稲荷」「南関いなり」などが楽しめます。

◼︎運ばれてきた瞬間、麗しさに目を奪われるかき氷

通されたのは店頭の脇にあるカウンターとテーブルが配された、薄陽が入る書斎風の空間。作り付けの家具にアンティークなオブジェが並んでいる様がインテリジェンスを感じさせます。窓を開けると商店街を往来する人々が観察できるカウンター席は思索に耽りたい時の特等席になりそうな佇まい。

そんな静謐な室内ではデザートの1ジャンルを確立しているといってよい、美的なかき氷をいただけます。「海の家」で提供されるような赤や緑、黄色の絵の具を思わせるかき氷とは似て非なるデザートに昇華したかのよう。特製シロップがふんわりとした氷の山を崩すことなくかけられたアーティスティックな見た目にテンションが上がります。

この日いただいたのは季節限定で提供される「パッションマンゴーとパッションガナッシュのかき氷」。パッションフルーツとマンゴーの果汁たっぷりのソースにほろ苦い甘みのチョコレートガナッシュを組み合わせたシロップがたっぷりかけられ、パッションフルーツの種がホクロのよう。南国を思わせるイエローが心に染み入りそうなほど、アザヤカです。スプーンでひと口運ぶと心をほどけさせるような甘みにときめき続け、夢中になって完食。

季節限定の「パッションマンゴーとパッションガナッシュのかき氷」2200円

かき氷を担当したスタッフに話をうかがうと、氷は削る1時間前に冷凍庫から取り出し、常温に戻しておくそうです。そうすることで氷を覆う霜がとれ、ふんわりとした食感が生まれるとか。

和菓子作りと同様、かき氷も気温と湿度を読むことが求められます。

「お店のかき氷は3段階に分けて、削っていきます。下から『おわん』『ドーナツ』『トップ』と呼んでいるのですが、氷が硬いと感じたら角度を変え、ふわふわした氷になるように削っていきます。シロップも種類によってはスプーンを使ってまんべんなく行き渡るように心がけています」

「ローストアーモンドと生キャラメルのかき氷」 1980円。かき氷の台座となっているのは陶芸家・Keicondoさんのお皿

この美しきかき氷は「ドルチェかき氷」で一世を風靡した東京・渋谷の人気店『セバスチャン』の店主・川又浩さんがプロデュースしたもの。季節のフルーツをはじめ、野菜やスパイス、ハーブ、自然塩などを用いたKONオリジナルのかき氷は見た目もさることながら、一度口にするとかき氷の概念が変わりそう。

◼︎かき氷と一緒に楽しみたい熊本生まれの味わい

熊本の郷土料理「こんにゃく寿司」と「南関いなり」もお店の看板メニュー。

油揚げの代わりにこんにゃくを使ったお寿司は熊本阿蘇のカフェ「Tien Tien」のオーナー・山田眞由美さんの監修によるもの。熊本産の醤油やきび砂糖で炊いた、プルプル食感のこんにゃくのなかには、大葉とわさび、すし飯が隠されています。また、ひと口でいただける、かわいいサイズの南関いなりに使われている「南関揚げ」は熊本県南関町に伝わる伝統食品。こんにゃく寿司同様、いなり寿司も毎日スタッフの手によって作られます。

かき氷とセットで楽しめる「こんにゃく寿司」と「南関いなり」

さて、築60年の民家がKONとして息が吹き込まれた後、思いがけない出会いがありました。それはこの民家の所有者だった方の娘さんが偶然、インスタグラムでお店を見つけたこと。そのことがきっかけとなり、家族のお祝いをここで行ったそうです。以降も時折、お店のスタッフにそのご家族から差し入れが届く関係に。これも狐福とよべる出来事!?  このお店には人の心の芯をそっとあたためるステキなご縁が巡っているのかもしれません。

INFORMATION

KON

東京都渋谷区西原1丁目14-13

https://kon-kon.jp