小田急線の「東北沢」駅から「世田谷代田」駅までの線路が地下化したことにともない、線路跡地を活用する「下北線路街」の整備がすすんでいます。2020年4月、下北沢駅と世田谷代田駅の中間地点に誕生したのが「BONUS TRACK(ボーナストラック)」。みんなで使い、みんなが育てていく、新しいスペース、新しい“まち”がテーマになっています。
下北沢方面から足を踏み入れると、駐輪・駐車場の奥に細長い敷地(約1,300m2)が広がり、商業施設「中央棟」の奥には緑がきもちのよい中庭を挟むように小規模な建物「SOHO棟」が並んでいます。SOHO棟の1階は5坪の店舗、2階は5坪の住宅(事務所)。職住一体となったお店が中庭を囲むように長屋を形成しています。集結したお店はチェーン店が今ほどなかった頃の下北沢を彷彿させるラインアップ。各地の発酵食品を集めたお店、台湾料理店、お粥屋、カレー屋、本を静かに読める空間にこだわったカフェ、お米作りもする不動産屋、シェアキッチンなど14店。
「日記屋 月 日」は洋の東西を問わない日記本とハンドドリップで淹れるコーヒーのお店。こぢんまりとした1階のお店では淹れたてのコーヒーの香りに鼻先がくすぐられ、棚一面に並べられた数々の日記から、ピンときたものを見つけるのが至福という人もいるはず。作者の私生活が覗ける日記は知ってはいけない秘密を知るようなスリルがあるし、自分の考えと共通することが書かれていたら親しみも感じられる、読みものとして楽しいジャンル。
また、お店では自分で記す日記帳も販売されています。お店のスタッフは「この施設を小田急電鉄さんが作られ、入居者を募集された時に申し込みました。現在、空きはない状態ですね。1階でお店をして2階に暮らす人もいて、仕事と生活が同じ場所でできることを楽しんでいる方も多いような気がします」と話します。
長屋が囲む中庭ではテーブルとイスが用意され、お店でテイクアウトしたものを食すことができます。たとえば、どこかのカフェでビールを、発酵専門店で「ハムカツ」をテイクアウトし、楽しむこともOK。いわゆるフードコートのスタイルですが、ここでは一般的なフードコートに加えて有機的なモノを感じます。ジューシーなハムカツとともに中庭で過ごすうち、それはこの場所が長屋で「住」の空間があるからでは?と思い至りました。
さかのぼること江戸時代。この頃、庶民が住んだのは棟割長屋で、1棟に数人の家族が暮らしていました。版画師の隣には木工職人、その隣には染物職人の一家、井戸は共同で使うといった具合に「隣の人は何する人ぞ」的な現代とは違って、お互いがお互いのことをよく知ることで生まれる安心感や人と場が繋がることで生まれる親和力のようなものがあったのでは?と想像。この中庭で感じたのは江戸時代の長屋の生活に通じる、人と人、人と場の繋がりでした。
そんな職住一体の場が作られたのは、長屋(SOHO棟)のある敷地が「第一種低層住居専用地域(一種住専)」であることも考えられます。このエリアの特徴は低層住宅の環境を守るためのもので、敷地境界から外壁までの距離に余裕をもつことや建物の用途が制限されています。よって、建物の面積に比べ、敷地にゆとりが生まれました。なお、店舗兼住居の家賃は15万円。新しいビジネスにチャレンジしようと考えている方には立地を考えると大変魅力的な設定になっています。
ところで、音楽アルバムで12曲入りなのに、実はクレジットされないステキな追加曲があることで実質的には13曲だった…というボーナストラックの入ったアルバムに出会ったことはないでしょうか。ここBONUS TRACKはアルバムのボーナス楽曲のようなサプライズを届ける場として、これからもにぎわいを生み出すことでしょう。BONUS TRACKから世田谷代田駅方面に歩くと保育施設、スパや茶寮とバーを併設したシックな温泉旅館が建ち並ぶ下北線路街。一方、下北沢駅周辺や東北沢にかけてのエリアはこれから新たな施設がお目見えする予定です。心のひだを潤す呼び水になりそうな下北沢周辺エリアから当分、目が離せません。