今年はとりわけ猛暑だったせいで、秋の声を今か今かと待っていたような気がします。
木々が色づく紅葉シーズンは秋と冬の間をとりもつ、1年のうちでも束の間の季節。
ツンとした涼やかな空気に包まれる頃には広葉樹が葉を落としはじめ、路上に積もった枯れ葉を踏む音が聞こえはじめます。

高級住宅地として知られる成城に秋を告げる声。
それは成城学園の正門からまっすぐ伸びた道に続くいちょう並木です。
長さ約120m、2ブロックの間には見事に色づいた黄金色の葉をまとったいちょうが道行く人に季節の訪れを告げています。

成城に秩序ある美を届ける、このいちょう並木は成城学園の存在を抜きにしては語れません。
もとは新宿区の牛込柳町にあった成城学園ですが、小学校から大学までの一貫教育をするため、この地に移転してきたのは1925(大正14)年のこと。当時は見わたす限りの荒野で、民家は数軒という寂しいところだったとか。

現在の高級住宅地といわれる街となった礎は成城学園の思いきった着想に端を発します。1927(昭和2)年に小田急線が開通し、駅名が「成城学園前」となると、駅前の79,000㎡という広大な土地を学園の敷地として購入。さらに66,000㎡の土地を購入後は父兄に分譲するために雑木林を拓いて基盤割道路を区画し、宅地として整備。土地を売って得たお金を学校建設資金にするとともに、武蔵野台地の自然をいかした街づくりに費やしました。

いちょう以外にもプラタナスなどの緑に溢れており、夏場も爽やかな景観が続く

小田急線開通後、まず40戸の住宅が建ち、次々と宅地化が進んでいきました。
成城学園が提唱した街づくりは家々に塀の低い生け垣を設け、庭にさまざまな花木を植えるというもの。成城にいち早く移り住んだ民俗学者の柳田國男もこのアイデアを支持し、積極的に街づくりに参加したそうです。

それぞれの家にも多くの植栽が生い茂り、街並みを豊かにしている

成城学園正門からまっすぐ伸びる2条のいちょうは成城学園の学生さんたちが小さな苗を植えたのが始まり。永い暦を経て現在の堂々とした姿に変貌していきました。

紅葉する前の時期も、青々とした力強い姿を見せてくれる

いちょう並木の道に連なる住宅は周囲の環境と溶け合うような佇まい。
住宅地の道路は整備された当時とほぼ変わらず、成城学園が父兄に住みやすい宅地を提供したことがこの街を美しく、価値あるものにしています。

住民の思い入れが深いいちょう並木の紅葉ですが、「緑蔭館ギャラリー」向かいのいちょうたちがいち早く、目に眩しいほど青々とした葉が翳りはじめたのは11月初旬のこと。
アンニュイな若草色を帯び、その足下には早くも黄金色に染まった葉が少しだけ溜まっていました。
葉が落ちるということは、もちろん実がつぶれた時に発生するアノ独特のにおいも。
やがて、葉が路上を覆うように降り積もるとマフラーが手放せない季節となるのでしょう。

11月下旬、葉の濃淡入り混じる「斑紅葉(むらもみじ)」といった頃。
マンションの前でほうき片手に大量のいちょうの葉をかき集めていた男性は「散ったいちょうの葉を45mlのビニール袋いっぱいに詰めて、1日2~3袋はゴミに出しています。トータルで毎年50袋以上は出していますよ。毎年この時期は黄色い葉と格闘!(笑)。今年は紅葉するのがいつもより遅いようです」と話します。

紅葉は寒暖差や陽の当たり具合に大きく影響を受ける。様々な色の葉を楽しめるのもこの時期ならでは

いちょう並木の一角に自然の恵みを扱うお店を見つけました。
1983(昭和53)年に成城で開業されたハーブショップの老舗「カリス成城」です。現在は日本全国にハーブやアロマオイルを扱うお店がたくさんありますが、開業当時は専門店がほとんどなかったため、全国のハーブを求める人にとって、ここは聖地のような存在でした。今もなお伝説のハーブショップとして業界を牽引しています。

蔦に覆われたハーブショップ「カリス成城」。大きなガラス窓からはハーブティーやハーブコーディアルの美しい瓶なども見える

成城学園正門から右側をまっすぐ歩き、1ブロックが終わったところで右折すると桜並木が続くエリアが。きっと桜の季節にはピンクの綿帽子をふんわりのせたような桜が人の往来を見守るのでしょう。

閑静な住宅街に続く桜並木。いちょう並木同様、「世田谷百景」に選ばれている

また、成城の街づくりの立役者である成城学園の敷地に足を伸ばすと、武蔵野台地の自然にふれることができます。かつて武蔵野に息づく大自然を野外教室に使用してきた学園だけにキャンパスには仙川が走り、成城池や雑木林が広がっています。

ところで、いちょうは「東京の木」であることをご存じでしょうか。
1966(昭和41)年に首都に緑をもたらす象徴として選ばれたいちょうは、木全体が燃えにくく火事に強い性質があります。1923年(大正12)年9月に発生した関東大震災では、いちょうが延焼を防いだという事例も多くあり、これに基づき、防災を兼ねて街路樹として採用されるようになったそう。

さて、いちょうといえば観賞するも良し、食べても良しの“二刀流”。

青々と茂った葉をつけてスッと立つ木は「花紅柳緑」といわんばかりに清爽で目と心を潤してくれるし、太陽を飲み込んでしまったかのような黄金色に染まった木にはたわわに実がなり、収穫するとお酒の肴として愛する人も多いはず。

原産国の中国では葉の形が鴨の足の水かきに似ていることから「鴨脚」(イーチャオ)と呼ばれ、それがいちょうの語源といわれています。鴨の水かきとは秋のロマンティックないちょうのムードがどこへやら…。ですが、よく観察するとたしかに似ているかも!

秋の風物詩、いちょうの葉。よく見るとよちよちと歩く鴨の足にそっくり

今年の夏は長く続いた猛暑を過ごし、秋はいつ訪れるのだろう…と少しやきもきしましたが、自然の摂理は人間の思慮をはるかに超えて働き、私たちに秋をちゃんと届けてくれました。

待ち遠しかった秋の訪れ。
今年は黄金色に染まったいちょう並木がひときわ愛しく感じられることでしょう。

INFORMATION

世田谷区成城6丁目
小田急小田原線成城学園前駅より徒歩3分