大名屋敷の風格は門に宿る。

それは肥後藩主細川家下屋敷の庭園跡を利用した品川区立戸越公園の「薬医門(やくいもん)」の前に立った時の第一印象。重厚な門は深く根を下ろす古老の大木と向き合ったときに感じる威厳に通じるものがあります。

薬医門とは室町時代から公家や武家屋敷に採用されてきた正門の様式。
平屋建ての門の中では最も格式が高いといわれています。

その構造はシンプルで、2本の本柱の背後に控え柱を立て、切妻屋根をかけたもの。
戸越公園の薬医門はさぞかし昔ながらの建立物と思いきや意外にも近年に構築されたもので、1992(平成4)年の作。台湾ヒノキや三州日本瓦などを主材としています。かつて存在した肥後藩主細川家の下屋敷(戸越屋敷)にふさわしい格の門として、この門が建てられたということです。

戸越公園の顔でもある、威風堂々とした正門の「薬医門」

薬医の名は矢の攻撃を食い止める「矢食い(やぐい)」が語源といわれたり、門の脇に木戸をつけ、扉を閉めても四六時中患者が出入りできる医者のために作られたという説もあります。

戸越公園の正門にあたる薬医門を抜けた、その先に広がるのは池を中心に緑深い木々がそびえる築山をはじめ、滝や渓谷など、景勝を造園した池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)庭園。池の周囲を一周しながら観賞できるよう整備されています。

うっそうとした木々が微かな木洩れ日を作る小高い丘に上り清涼な空気を吸い込むと下りへ。そこから水しぶきが勢いよく岩石を打つ滝や渓谷を眺めた後は豊かで静謐な池のほとりへ。

当時の贅を尽くした庭の残り香が今もなおたなびく園内。
取材に訪れた9月下旬は池の中で岩によじ登って甲羅干しする数匹の亀も見られました。

池のほとりで園内の植栽の手入れをされていた管理スタッフの女性は「今年の夏は暑い日が続いたせいか、日中に亀が池石の上で休む姿はほとんど見ることはなかったですね。こうして甲羅干しする姿を見ると、夏から秋に移っているのを感じます」と話します。

生きものの姿やさまざまな種の植栽を通じて四季の移ろいが楽しめる公園は、江戸時代には熊本藩主・細川家の下屋敷を皮切りに伊予松山藩や石見浜田藩、茶人の顔をもつ松江藩・松平不昧(ふまい)公といった大名の江戸屋敷の庭園であり、明治時代には三井財閥を築いた三井家に所有が移りました。

園内は18,255㎡。池泉回遊式庭園は京都の桂離宮や金沢の兼六園などにも見られる様式

大名屋敷の夢の跡ともいえる、風雅な庭園を望むことができた屋敷についてもふれておきましょう。
今は資料でしかその存在を知ることはできませんが、かつて肥後細川家は戸越屋敷を鷹狩りや茶会などを行う別荘として使っていました。今は姿を消した屋敷は豪奢な数寄屋造りで、そこから庭園を愛でることができたようです。しかし、戸越屋敷は1678(延宝)6年10月、敷地内の御茶屋から発生した火災で一部を焼失するという憂き目に遭遇。その後、衰退していったそうです。

大名や財閥一族が所有した庭園の脇には2022年に開館したばかりの品川区立環境学習交流施設「エコルとごし」が。公園のたっぷりした緑に親しめるように設計がなされ、オープンエアのテラス席では気持ちのよいランチやティータイムを過ごせます。公園にほど近い宮前商店街にあるカフェ「spread it」でサンドイッチをテイクアウトして、緑と風を感じながら楽しんではいかがでしょうか。

「エコルとごし」のテラス席。戸越公園に植えられた木々が陽射しを遮る役目を果たす
オープンエアのテラス席でサンドイッチブレイク