懐かしい、懐かしすぎる。
大田区の古刹、池上本門寺の山門に続く通りに軒を構える古民家カフェ「蓮月」に対峙した瞬間、郷愁に似た感情に胸の真ん中がつかまれてしまいました。
それは古民家への茫然とした憧憬か、森林が約7割を占める国土に暮らす日本人のDNAがなにかに反応するからか?
蓮月は瓦屋根、木造りの風格ある佇まいの一軒家。
風と陽光が染め付けた、少し褪せた青瑠璃色の暖簾をくぐり、格子窓から漏れてくる柔らかな自然光に包まれると、胸の真ん中はますます締め付けられていくばかり。
レトロ、ノスタルジック…。
多くの人がそんな印象を抱くだろう、このカフェではランチタイムを迎えると建物の脇にママチャリがズラリと並ぶ微笑ましい光景が見られます。
きっと、ここは地元のお母さんたちにとってママ友と一緒にランチとおしゃべりを楽しめる、ホッとひと息つける存在。
ランチは土間にあるレジで注文して支払いを済ませ、出来上がったら受け取りに行くスタイル。
注文する前のお楽しみは気持ちに沿った席を探すこと。
それほど、このお店は様々な“顔”を持っているのです。
このカフェは元々昭和初期に誕生した「蓮月庵」という職住一体の蕎麦処でした。
改修して現在の姿になったわけですが、蕎麦屋時代の名残もそこここに見られます。
1階は土間に「銭」で書かれたメニューが掛けられ、年代物の金庫や家具などが古色蒼然とした趣を添えたモダンなカフェ空間。人の手でならされた木のカウンターや庭の緑に和むテーブル席、晴れた日には庭に出て食事を楽しむこともできます。
2階に続く2つの階段も蕎麦屋時代を物語っています。
この階段、階下のテーブル席に座っていると、ギシギシと上り下りする音が。急な角度の階段を使って足早にお蕎麦を運んでいたお店の人たちや連なって上がる背広姿の団体客…。そんな光景を容易に想像させてくれます。
階上は広い座敷。昔はここで結婚式の宴会が行われたこともあるとか。
ところで、蓮月が蕎麦屋からカフェになるまでの間にはこんなストーリーがあります。
蕎麦屋の蓮月庵のご主人が高齢のため引退し、惜しまれつつ閉店したのは2014年のこと。
昭和初期の風情を擁する建物をこの街から失くしたくない…。保存を願う地元では「池上和文化プロジェクト」が発足し、存続や活用方法が何度も検討された結果、カフェとして使用することが決定。その後、改修が進んで2015年秋に現在の姿になりました。
また、2019年は台風の被害を受けてカフェの一部が損壊。修繕費を捻出するため経営に取り組んでいたところ、コロナ禍の影響を受けての営業自粛で売上は激減。そんな背景からカフェを存続させるため、2020年にはクラウドファンディングにも挑戦しています。
古さと新しさの融合が息づき、新たな価値を生み出す場。
このカフェで過ごしていると「温故知新」という言葉がしっくりくるように思えます。
きっと昭和初期から人々の思いを吸い込んできた空間は古き良きものを知らずして新たなものは生まれないよと、無言で教えてくれるのでしょう。
information
蓮月
東京都大田区池上2-20-11
TEL 03-6410-5469
http://rengetsu.net/