ミナレット(尖塔)が削りたての鉛筆のように天空に伸びる、井の頭通り沿いの「東京ジャーミイ」。ムスリム(イスラム教徒)の礼拝が行われるこのモスクは日本最大のイスラム教寺院であり、今では代々木上原のランドマークの1つとしても知られています。
バングラデシュ出身のMonzur Morshed(モンジュール・モルシェッド)さんは毎週金曜日になるとこのモスクを訪れます。今回は日本在住38年のモンジュールさんにイスラムの文化や習慣、バングラデシュ人から見た日本について語っていただきます。
ー今、世界人口の4分の1にあたる15、6億人がムスリムと言われています。東京ジャーミイは毎週金曜日に礼拝に訪れる方が多いそうですね。金曜日はムスリムの方々にとって何か特別な日なのでしょうか。
モンジュール・モルシェッド(以下 モンジュール)
イスラム教は信仰告白、1日に5回の礼拝、喜捨、年に1度の断食、生涯に1度のメッカ巡礼という5つの教えに基づいています。
金曜日は「Jumma(ジュムア、金曜礼拝)」という週に1度の集会日で多くの人が集まり、お祈りを捧げる他、説法を聞きます。モスクにはイスラム教徒以外も入れますよ。年々、訪れる人が増え、2022年12月最終の金曜礼拝にはモスクに入るため、井の頭通り沿いに行列ができたほどです。
イスラム教では毎日5回、お祈りの時間があります。礼拝堂では西側にある「ミフラーブ」(壁のくぼみ)の延長線上にある聖地「メッカ」のカアバ神殿に向かって、イスラム教の神・アッラーに祈りを捧げます。東京ジャーミイでは礼拝をする時は男性と女性は別々。男性は1階、女性は2階で行います。
私がこのモスクを訪れるようになってから7、8年が経ちました。ここはトルコ人が管理していますが、蒲田にはバングラデシュ人が管理するモスクもあるんですよ。日本に暮らすイスラム教徒は金曜日になると、大抵どこかのモスクや礼拝所にお祈りに行くのではないでしょうか。
ーモンジュールさんが来日したのは1985年。目的は東京で働いてバングラデシュの家族に仕送りをするためでした。2年間、日本語学校で勉強し、卒業後は渋谷のインド料理店で働くことに。
モンジュール
友人の部屋に泊めてもらいながら、インド料理店で働く生活が始まりました。そのお店はママがバングラデシュ人で同僚たちもほどんどバングラデシュ人。ホール、キッチン、何でもやりました。
カルチャーショックだったのは銭湯。バングラデシュにはなく、ましてや人前で裸になることなんてありえません。
また、来日当時はインターネットがない頃。だから、都内で礼拝できる場所も分からない。バングラデシュ人数人で誰かの部屋に集まってお祈りしていました。
ーベンガル語、英語、パキスタン語、ヒンドゥー語、やがて日本語を覚え、5ヶ国語を話せることからインド料理店では外国人のサービスも担当し、重宝されたモンジュールさん。やがてお店でアルバイトをしていた日本人女性と結婚し、2人の息子さんに恵まれました。インド料理店での修行後はオーナーシェフとして国内外でレストランを経営するまでに。
モンジュール
家内の両親は私たちの結婚に大反対。けれど結婚を許してもらってからは私を実の息子のように可愛がってくれました。台風の夜は危ないからと仕事先に車で迎えに来てくれたこともあるし、家内の実家にもしょっちゅう遊びに行かせてもらったり。バングラデシュにも一緒に行きました。ちなみに、バングラデシュを観光するなら首都のダッカやコックスバザールにある世界最長(約125km)のビーチがおすすめです。
バングラデシュでは普段から食卓に何種類もの料理を並べて家族で食べるのですが、義母はその品数に驚いたようです。帰国後、遊びに行くとテーブルには沢山の料理が用意されていました。「今までバングラデシュの文化を知らなくてごめんね。いつも家にあるものだけで作っていたから…」と。私は皆で食事できるだけで幸せだったんですけどね。こんな風に私を大切にしてくれました。
うちの息子たちは、めったに「お腹空いた」と言わないんですよ。だから、たまに言う「お腹空いた」が嬉しくて。息子たちそれぞれの好みも分かっているので、彼らの好物を作る時はとても張りきりますよ。今は飲食の世界から離れていますが、チャンスがあればまた関わりたいと思っています。
ームスリムは豚肉やお酒が禁じられていますが、最近では「ハラール」も浸透し、ハラール製品を買えるお店やレストランも身近な存在に。東京ジャーミイにもスーパーマーケットやカフェが併設されています。来日後、モンジュールさんはどのような日本の食に出会われたのでしょうか。
モンジュール
最近は日本でもビリヤニがよく食べられるようになりましたね。ダッカには夜中に開店するビリヤニの有名店があり、多くの人が買いに来て、すぐに売り切れるほど。ビリヤニは中東で生まれた炊き込みご飯。インドに伝わるとスパイスが入り、バングラデシュはそのスタイルを受け継いでいるようです。
日本に来て、まず驚いたのが醤油でした。「えー、この黒い液体が調味料?」と。今でこそ好きで、調理に使いますけど。納豆を初めて見て「美味しそう」と思う外国人も少ないと思いますよ。私がそうでしたから。
日本食は見た目はあまり良くないけれど、身体によく、食材を無駄にしないところが気に入っています。昔ながらの和食は人間の性格を穏やかにするのではないでしょうか。また、日本のフルーツは最高ですね。特に桃や干し柿。これはバングラデシュにはないものです。
あと、お餅も大好き。うちでは私がお正月のお雑煮を作るんですよ。大晦日の夜からダシをとって、鍋を誰にも触らせない(笑)。お雑煮の作り方は義母から教わりました。
東京ジャーミイのスーパーにはジャイナマーズ(祈祷用絨毯)やチャナチュール(スナック菓子)、香水、肉など、ムスリムの生活に便利なものが沢山揃っていますね。驚きました!
ーイスラム教では年に1度、ラマダン(断食月、2023年は3月22日〜4月20日)が行われます。日本ではほとんど馴染みのない習慣ですが、この期間はどのように過ごされているのでしょう。
モンジュール
約1ヶ月間、断食することによって欲望を忘れることに務めます。夕食まで唾を飲み込むこともしません。空腹を我慢するのです。
ラマダンの時によく食べられるのがデーツ(ナツメヤシの実)。最近は日本でもドライフルーツとして売られていますよね。
デーツは栄養価が高く、保存もできます。もしデーツが手に入ったらコップに2コ入れて水を注いで1晩おいてください。翌朝、その水を飲み干すとお腹の調子が良くなりますから。
ーバングラデシュで日本はどんな印象を持たれているのでしょうか。また、モンジュールさんは長く日本人と関わっていらっしゃいますが、どんな風に感じますか。
モンジュール
バングラデシュでは今、日本の育児やマナー、文化などが注目され、子どもたちに教える学校もあるほどです。日本の「ありがとう」や「ごめんなさい」の言葉には思いやりを感じるし、人間関係を円滑にさせますよね。日本ではそれを子どもの頃からちゃんと躾けている。これって実はイスラム教の教えにも通じるものです。日本をお手本にしているのでしょう。
私は日本人から一度も「おまえ」って呼ばれたことがありません。どの日本人にも大切にされてきたと思っています。昔、働いていたインド料理店で日本人がナンを食べている姿を見たことがあります。丁寧にちぎって美味しそうに口に運んでいる…その姿は食べものへの思いやりに溢れていました。それを見て、自分はこのような思いで料理を作っていただろうか?と反省したことがあります。
今は飲食の仕事から離れていますが、「カレーの通販やテイクアウトをやったら?」と声をかけてくれる人がいます。けれどそれはイヤなんです。なぜかって? 私はお店でお客さんの笑顔を見たいし、直接言葉を交わしたいから。飲食業は美味しいものを提供することだけでなく、人と関われることも魅力ですよね。
プロフィール
モンジュール・モルシェッド
1959年、バングラデシュ生まれ。ダッカ大学卒業後、1985年に来日。
渋谷のインド料理店勤務を経て、日本でインド料理店経営(4店舗、1993年~2008年)、マレーシアで飲食店経営(2015年~2016年)。現在はルノーのショウルームに勤めている。
趣味はサッカー、料理。ベンガル語や日本語、英語など6ヶ国語を話す。