加古里子(かこさとし)の絵本『だるまちゃんとてんぐちゃん』では、だるまちゃんがてんぐちゃんの持っている団扇や帽子、下駄、高い鼻に憧れ、それらを手に入れる様子が描かれています。

山に暮らし、鼻が高く、片手には団扇、そして羽根を使って空を飛ぶ「天狗」は日本の神道では眷属(けんぞく)に属し、龍神や稲荷、オオカミなどともに古来から神の遣い手といわれます。
眷属は空想上の霊体、霊獣なのでしょうが、山伏風の装束をまとっていることから天狗は人間に近く、なんとなく親しみを感じさせます。

さて、2023年1月27日(金)〜29日(日)の3日間、下北沢では「第91回 下北沢天狗まつり」が開催されました。これは1929年頃から下北沢で行われている節分行事。コロナ禍の影響を受け、このお祭りは全面中止や一部中止となっていましたが、今年は待ちに待ったフル開催! 28日にはこのお祭りのハイライトというべき行列「天下一天狗道中」が行われました。

当日14時。
下北沢駅東口近くの会場は集まった人たちの熱気にあふれていました。
天狗のお面を付けた外国人も目立ち「これから何が行われるの?」と体からはみ出ているのは強い好奇心。

お面は会場周辺で購入出来る。升入りの豆もあり、子供たちが鬼に豆をぶつけて鬼退治をしていた

会場では天下一天狗道中の行列に参加する人たちを1人ずつ紹介。3年ぶりの大々的な開催ということもあり、伝統的な衣装に身を包んだ行列参加者や関係者のパッションが見てとれ、冷たい外気も少し上がったかのように感じました。

行列を作ると、いよいよ練り歩き開始!
天下一天狗道中を構成するのは先導役の山伏をはじめ、一本足の下駄を履いた大天狗や“ガン黒”の鳥天狗、羽織袴姿の福男と福女、香炉や太鼓を担当する人たち、そして行列の最後尾には巨大な天狗面を恭しくのせた「天狗面車」! 下北沢一番商店街を中心に約1時間、街を練り歩きます。

行列を一目見ようと、道の左右にはびっしりと大勢の人たちが集結。まるで数珠の玉をつないでいるような光景です。
天狗たちの写真を撮影する人も多く、背後からは「Oh! spiritual!」と感嘆する外国人女性の声も。
外国人から見たら天狗はどんな存在なのでしょうか。
妖怪? はたまた人間の格好をした霊獣?

前夜には、飲食店で豆を撒く「露払いの儀式」にも登場した烏天狗。商店街を闊歩する姿には威厳と神々しさが漂う

古くからの節分行事だけに、練り歩く途中では笛の音に合わせて節分豆が撒かれます。
見物客は我を忘れ、ハヤブサの眼になってゲット!
ちなみにこの豆撒きでは「鬼は外」はなく、「福は内」を3回唱えるだけ。
福がやって来ると鬼は自然に外に逃げてしまうだろうという意図だそう。

行進の最中には7回程豆撒きが行なわれ、ここ一番の盛り上がりを見せた

この行事を遡ると、昭和初期に大雄山真竜寺が厄除け・開運・家内安全・商売繁盛・縁起大吉・交通安全・学業成就を祈願する節分会の催しとして行ったのが始まり。

真竜寺は小田原にある大雄山最乗寺の分院であり、1929年に下北沢に建てられました。最乗寺は天狗にゆかりあるお寺で、境内には世界一大きい天狗の高下駄も見られます。
2019年にお寺が小田原に帰ったのを機に下北沢の寺社は取り壊されましたが、かつては路地に面した境内に大きな天狗面が鎮座し、子どもたちの遊び場でした。その天狗面こそ天下一天狗道中の最後尾を飾る天狗面車にのっている圧巻のお面!

実行委員会の方曰く、「普段は下北沢の山にいる」という大きな天狗面

天狗の必需品である羽団扇は持っているだけで妖魔退散の効果があるといわれます。さらにこの団扇は火をあおり、勢いを強めたり鎮めることもできるので、天狗を祀る神社仏閣では「火伏の神」と崇められてきました。お寺は移転しましたが、大きな天狗面はこの地に保管されているそうです。きっと下北沢の人々の防災の願いは今も変わらないのでしょう。

さて、下北沢は日本各地に伝わる山や湖、沼などを作った巨人「ダイダラボッチ」の生息地としても知られています(代田の地名はこのダイダラボッチが由来)。
天狗、伝説の巨人…。下北沢には三次元の世界を超えた神秘的なもの、あるいは不思議なものを呼び込む力があるようです。地元の人々が守り続けている天狗まつりはそんな街を象徴する行事といえるかもしれません。

高下駄でゆっくりと歩く大天狗は迫力満点。”この世のものではない”雰囲気に触れる事が出来る