京急空港線「大鳥居」駅を降りて、多摩川方面に歩くこと数分。
車の往来の激しい都道6号に沿うように、羽田神社は鎮座しています。
川崎大師が名前の由来となった「大師橋」へと続く道の交通量の多さに一瞬ためらいながらも鳥居をくぐると、そこから先は時間がゆっくりと流れはじめます。

都道6号が走る神社前。向こうに白くそびえる大師橋が望める

羽田神社の境内に足を踏み入れ、最初に驚いたのは手水舎。
神社の手水舎といえば「龍」を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、この神社では、なんと「牛」。

実はこの神社と牛は深い関係にあります。
それは約800年前のこと。鎌倉時代に羽田浦の水軍を率いた領主・行方与次郎(なめかたよじろう)が「牛頭天王(こずてんのう)」を祀ったのが羽田神社の始まりで、その由緒から牛が清めの場を守っているというわけです。

牛頭天王の信仰を今に伝える手水舎は参拝者の清めの場

牛頭天王で思い出したのが、以前本マガジンで紹介した品川区の荏原神社
こちらも牛頭天王にゆかりのある神社です。荏原神社の周辺は、かつて海辺の集落として栄え、海運や漁業に携わる人々が牛頭天王を守り神として深く信仰してきました。

羽田もまた、古代より海に開け、水軍や漁業が文化の基盤となった地域です。
水辺に暮らす人々にとって、牛頭天王は疫病や航海の無事、水難から守ってくれる心強い神でした。そのため、羽田と品川は同じ信仰圏の中にあり、東京湾沿岸に広がる“牛頭天王信仰”のハブだったのでは?と推察します。

御祭神は「須佐之男命」と「稲田姫命」の二柱・夫婦様である。徳川家、島津家、藤堂家などに厚く信仰された

手水舎の前では、毎日蒲田から約1時間かけて参拝に訪れるという80代の女性が牛の像に深々と頭を下げていました。「私はね、有難いと思うものには手を合わせるの」。
そう微笑む彼女にとって、手水舎の牛はただの像ではなく、心を整える役目をもっているのかもしれません。

スーツケースを引きながら参拝する人の姿も。羽田空港に行く前に訪れたのだろうか
外国からの参拝者も多く、社殿には英語版の案内パンフレットが用意されている

ところで、羽田神社は「羽田総鎮守」として、羽田空港を含む地域の守り神。それだけに、航空業界からの信仰はとても篤く、初詣や奉納行事には、空港関係企業や職員が参拝に訪れます。

願いが叶ったら絵馬に感謝の言葉を書いて奉納する人も

その信仰心を象徴しているのが、境内の絵馬。
びっしりと掛けられた絵馬には空港で働く人々、航空業界を志す学生、そして空の旅への願いを託す一般の参拝者の思いが刻まれています。
「空の安全を守れますように」
「航空整備士になれますように」
「客室乗務員の試験に受かりますように」
1つひとつの絵馬に想いの強さが宿り、目にするたびに胸が熱くなります。

社務所には航空会社とコラボした御朱印帳も。航空ファンや旅の安全を祈願する参拝者にも人気

羽田空港にゆかりがあるだけでなく、もうひとつの見どころとして注目したいのが境内奥の「羽田富士」。
これは明治初年に造られた富士塚で、富士山への思いをかたちにした築山です。

富士塚は江戸時代に流行しましたが、この羽田富士はその流れを受けつつも、比較的新しいもの。かつて近くの穴守稲荷神社にも富士塚がありましたが、今は失われ、代わりに稲荷山が築かれています。時代が変わっても、富士への崇敬が形を変えながらこの地域に根づいている様子がうかがえます。

比較的新しい富士塚は登拝する人が絶えない

また、羽田神社の境内社として、この地にゆかりある人々が信仰してきた三社の稲荷神社、そして日枝神社が鎮座。それぞれのお社には、かつてこの土地を生きた人々の暮らしや願いが息づき、羽田の地域史の奥深さを感じさせます。

社殿の脇に鎮座する、静かな佇まいの境内社

さて、羽田の地名ですが、これまで「航空機の羽」に由来すると想像していました。(そう思っていた方は少なくないのでは?)しかし実際には諸説あり、多摩川河口で海に接する場所を「ハネ」と呼んだことをいわれる説もあるようです。



1年の締めくくりに、あるいは新しい年の始まりに、羽田神社を訪れてみてはいかがでしょうか。羽田空港に近いこの場所で手を合わせると、「飛び立つ」という言葉が自然と心に浮かびます。

空へ向かう旅の安全を願うもよし、新しい1年への決意を胸に誓うのもよし。
両手を合わせることで心に力が宿り、「羽」を広げて背中を押してくれるはずです。
さあ、飛び立ちましょう!

information

羽田神社
東京都大田区本羽田3-9-12
03-3741-0023
https://www.hanedajinja.com/