「日本で一番親しまれている家族は?」と聞かれると「サザエさん一家」と答える方は多いのではないでしょうか。駅に降りた途端、サザエさんたちに出迎えられるのが、東急田園都市線「桜新町」駅。おなじみのサザエさんファミリーの銅像が並んでいます。

この街はサザエさんの生みの親である漫画家・長谷川町子(1920-1992)とご縁が深く、1985年には「長谷川美術館(1992年に「長谷川町子美術館」に改称)が開館、1987年には「サザエさん通り」が生まれ、生誕100年の2020年には美術館の分館として「長谷川町子記念館」が開館しました。

美術館外観
記念館1階

駅周辺から伸びる「サザエさん通り」(商店街)はその名前の期待を裏切ることなく、サザエさんのイラストを郵便局のポストや交番の前など、いたるところに発見。駅から約7分。商店街をひたすら進んでつきあたりを右側に行くと、道を挟んだ左右に紅茶色の煉瓦壁に包まれた2階建の建物が現れます。

左側にあるのが美術館。ここでは長谷川町子と姉・毬子が収集した美術品、約800点を所蔵し、年に数回、テーマにそった作品を展覧しています訪れた時は「深く息を吸って-緑の世界」と題された展覧会が開かれ、樹木や湖に映った緑などの絵画や草花をモチーフにしたガレやティファニーのガラス作品、漆芸、磁器などが目を潤してくれました。また、2階展示室の脇ではアニメ「サザエさん」が放送されるまでの過程を紹介するコーナーも。

コロナ禍で入場制限をしていることもありますが、作品を鑑賞するために行列を作る大きな美術館と違って作品に思いのまま向き合える、こぢんまりとした展示室はいつまでも滞在したくなるような気持ちにさせてくれます。

美術館の道を挟んだ向かい側は2020年に開館したばかりの長谷川町子記念館。美術館でチケットを購入すると、記念館にも入場できるシステムです。

この記念館は企画展のほか、漫画家・長谷川町子の仕事や趣味など、彼女の人生にフォーカスした構成になっています。1階常設展示室の入り口では長谷川町子が描いたキャラクターがズラリ勢ぞろい!昭和のお茶の間を再現したコーナーや「サザエさん」「いじわるばあさん」「エプロンおばさん」のアーカイブが読めたり、デジタル機器を用いたお絵描きなど、参加型の展示コーナーが用意されています。

長谷川町子の生涯を紹介する2階の展示室ですぐに目に飛び込んでくるのは、町子の仕事机。ここで数多くの物語が着想され、描いては消してといった作業を繰り返した末、世に送り出されたのだと思うと、胸が締めつけられます。この展示室には漫画家デビュー前後の町子について、そして姉の毬子と起こした出版社「姉妹社」に関する資料やゆかりの展示物が並んでいます。佐賀県で生まれ、福岡で過ごした子ども時代。わずか15歳での漫画家デビュー。戦後1年後に夕刊フクニチで『サザエさん』の連載が始まったこと、スランプに陥った時は陶芸に没頭していたこと…。サザエさんについてはよく知っているつもりですが、作者の町子については知らないことばかりで、探究心をかきたてられました。

町子の展示室から企画展示室の間には、庭でやわらかく揺れる樹木の緑が一幅の絵になるガラス窓が配され、その前には座り心地のよいチェアが並んでいます。

訪れた時の企画展は「いじわるばあさん」展。本名を意地割 石(いじわる いし)という、いじわるやいたずらが趣味のおばあさんを主人公にした作品は1963年に週刊誌『サンデー毎日』に初掲載され、1966から1971年まで連載されました。かつて東京都知事を務めた青島幸男も実写版でいじわるばあさんを演じて、お茶の間に笑いを誘っていましたね。おっちょこちょいでユーモアたっぷりのサザエさんと同じくらい、手抜きなしの意地悪(決して標的になりたくありませんが…)に潔さを感じる、いじわるばあさんが好きという方も少なくないでしょう。ブラックユーモアが痛快ないじわるばあさんを漫画以上に知りたい方はぜひこの企画展へ(2021年9月26日まで)。

展示を楽しんだ後は1階の購買部へ。長谷川町子の描いたキャラクターがデザインされたオリジナルグッズが目白押しで、その脇は雰囲気の良い喫茶部(カフェ)になっています。ここではコーヒーやほうじ茶(町子が好んだドライパパイヤ付き)、パパイヤソーダなどをいただきながら、長谷川町子作品を楽しむことできます。

前金制の喫茶部ではステキな仕掛けがあります。注文したものが出来上がると、受け渡しのカウンタースタッフから「タラちゃーん」の呼び声が!人型ロボットPepperがサービスを担当するカフェが登場する世の中になりましたが、人の息遣いを感じる「タラちゃーん」には口角が上がり、心のひだをあたためられました。

帰り道、左右の煉瓦壁の建物を振り返ると、それはなんだかサザエさんとマスオさんのよう。寄り添っている2つの建物に親しみがわいた瞬間でした。

Information

長谷川町子美術館

世田谷区桜新町1-29

TEL 03-3701-8766

https://www.hasegawamachiko.jp