京急線が品川駅を発ち、立会川駅と大森海岸駅の間を走る車窓の左側を眺めていた時のことでした。家々の彼方に広がるのは、まるで龍の背のように連なるみずみずしい緑の群れ!

心をさらわれたように、見とれた夥しいその緑の正体こそ、「しながわ区民公園」でした。

大森海岸駅に降り立ち、大井競馬場方面へと歩みを進めた先に広がる、この公園は品川区で最も広く、羽田空港に着陸する航空機の窓からもはっきりとその広大な敷地(約12万平方メートル)を確認できます。

散策スタートの玄関口となった中央口。まっすぐ進めば、貸し自転車場や売店がある

その広さゆえ、公園にはいくつか入り口が設けられています。
大森海岸駅の最寄りであるイルカのオブジェが目印の「水族館口」をはじめ、貸し自転車場のある「中央口」、勝島運河や立会川駅に近い入り口もあります。

今回は本マガジン初の試みとして、自転車を利用して園内を巡ることにしました。
公園の外周は約2km。中央口を真っ直ぐ進んだエリアにある貸し自転車場で手続きをしていると、スタッフの方より「30分も自転車を漕いだら帰って来れるよ。がんばって!」のエール。
そのあたたかい言葉に見送られ、ペダルを踏み出しました。

貸し自転車場は中央口が最寄り。身分証明書を提出すると無料で30分利用可能

園内には歩行者と自転車それぞれの専用道が整備されています。これなら周りを気にせず、自分のペースで安心してサイクリングを楽しめます。整備された広々とした道は、まさに自転車乗りのためのもの。心地よい風を感じながら、どんどん進んでいきます。

園内は自転車道と歩道が分かれ、安全に通行できるよう整備されている

しばらく走ると、グラウンドの横に給水スポットを発見!
これなら喉が渇いても心配いりません。園内で優しい気遣いに出会いました。

給水スポットのかたわらにはちょっとした冒険気分を味わえる森の小道が。
自転車を止めて木の階段を上がっていくと、木々の間を縫うように走る道が、まるで秘密の抜け道のよう。木の幹には「これ何の木?」と書かれた札が掛けられ、開けると木の名前がわかる仕掛けがなされています。深々とした土の感触も心地よいものです。

グラウンドと首都高速1号線に挟まれながらも、木洩れ陽が降り注ぐ静かな森の小道

驚くことに、この森のすぐ隣には首都高速1号線が隣り合っていました。
これほどの豊かな自然に囲まれていながらも、すぐそばでは車の轟音が響く高速道路が走っているとは!

園内に植えられている木を紹介する札。めくると木の特徴が分かる

さらに進むと「桜の広場」へ。高台に設けられたベンチから広場を見渡すと、バスケットボールを楽しむ人たちの歓声が聞こえ、のどかで平和な光景が目に留まります。春には美しい桜が咲き誇り、お花見スポットとしても賑わうのでしょうね。

桜の広場にある見晴らしのよい高台にはベンチが設けられている
バスケットゴールにシュートが決まるたび、歓声が響きわたる

園内には災害時に役立つ設備も整っています。その1つが、マンホールトイレの設置スペース。女性2人で1か所につき、約10~15分で組み立てられるそうです。いざという時に重要な役割を果たす場所があるというのは、とても心強いですね。

災害用のマンホールトイレは組み立て方法の看板が設置されている

サイクリングの途中には、子どもたちの賑やかな声が聞こえてくる遊び場にも遭遇しました。ブランコやすべり台で遊ぶ子どもたちの姿を見ていると、自然と笑顔になります。

子どもたちの歓声が絶えない遊具エリアはエネルギッシュな空気に満ちている

食欲中枢のツボをギュッと押す、美味しい香りが漂ってくるのはバーベキュースポット。
この日は1組だけが利用されていましたが、週末は予約が取れないほどの盛況ぶりだそう。自転車をたっぷり漕いだら、ジュウジュウと焼きあがる一口がより一層美味しく感じられそう…と羨望のまなざしで眺めてしまいました。

土日は満員になるというバーベキューエリア。炭は園内の売店で購入できる

さらに進むと、「勝島の海」ゾーンに到着。水辺が広がり、都会の中にいることを忘れさせてくれるような開放感があります。すぐ隣りには、可愛らしい海の生きものたちに会える品川水族館も。館内はとでも充実しているので、いつか改めてご紹介できたらと思います。

公園の南側は海水を利用した約6,500平方メートルの人工湖「勝島の海」を中心にした水辺が広がる
自転車道沿いは緑が豊か。園内には約200本の松並木、約400本の桜を植樹

子どもたちの創造力をかき立てる「しながわ冒険広場」では火を使う体験もでき、自然の中で、思いっきり体を動かして遊べます。ここは子どもたちにとって最高の遊び場ですね。

子どもたちが自由な発想で遊ぶことを応援する「しながわこども冒険ひろば」

ところで、園内には2つのトンネルがあります。これは、公園を海岸通り(都道316号線)が貫くように走っていることから設けられたもので、まさに大都会トーキョーの様相が具現化されたもの。

品川区立鈴ヶ森中学校の協力による壁画が楽しいトンネル。遠足の子どもたちの昼食の場にもなる

さらに、この場所がかつては海だったという事実に驚かされます。
江戸時代に整備された東海道も近くを通り、人々の往来が盛んだったこの地が、長い年月を経て今のような公園になったことを考えると、土地に刻まれた歴史を感じずにはいられません。

かつて東海道が走り、海に面していた鈴ヶ森。しながわ区民公園はその沖合を埋め立てて造られた 出典:国立国会図書館「旅の家つと 第12 東京附近の巻」

さて、水族館口近くのベンチでいただいたのは「HOTDOG CAFESTAND STATION東京」の看板メニューの「ホットドッグ」(700円)と「フィリーチーズステーキサンド」(980円)。パンは具材をつめた後に再び焼かれ、カリッとしつつもしっかりとした食感。キッチンカーからお店を始めたという店主の気骨を感じさせます。

都内でも専門店は希少なフィリーチーズステーキサンドは米フィラデルフィアの名物で、香ばしく炒めた牛肉と玉ねぎ、そしてとろけるチーズを挟んだもの。肉の旨味や玉ねぎの甘み、そしてチーズのコクが三位一体となった“ご馳走サンド”です。お店は公園の水族館口から近いので、ぜひ、味わってはいかがでしょう。

ホットドッグ(左)とフィリーチーズステーキサンド(右)。風に吹かれながら頬張る一口は格別

今回、自転車を借りたことで風を切って進む爽快感とともに、移り変わる風景を追いかけることができました。ちなみに取材・撮影しながらのサイクリングは貸し自転車を30分×2回(30分経つと一度貸し自転車場へ戻し、再び借りる場合は登録する必要があります)。普段のように徒歩オンリーであれば、倍以上の時間を費やしたはずなので、大変効率的でした。

けれど、本当に大切なのは効率(時短)ではなく、自転車を降りた後かもしれません。風に揺れる葉の音や、どこかで鳴く鳥の声に耳をすませたこと。木々の間を通り抜けた時にふと感じた緑の青々とした濃い匂い。そうしたひとつひとつが、心に静かに染み込んでいくのを感じる時間です。

それは、自分の内側に栄養を与え、心のエネルギーを満たしてくれるひととき。
しながわ区民公園は、そんな感覚を思い出させてくれる場所でした。

幅広い年齢層が訪れる公園にはベンチもたくさん設置され、休憩しやすい
information

しながわ区民公園
東京都品川区勝島3-2-2
03-3762-0655 (しながわ区民公園管理事務所)
http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/shisetsu/shisetsu-bunka/shisetsu-bunka-kouen/hpg000000342.html