6月は「環境月間」。
私たちの住まいである地球環境について理解し、関心を高め、さまざまな取り組みに目を向ける機会が増えます。
最近では「デコ活」という言葉も生まれました。
デコとはCO2を減らす脱炭素(Decarbonization)と環境に良いエコ(Eco)を組み合わせた造語で、デコ活とは脱炭素につながる働き方やライフスタイルを称します。このデコ活、これから社会や個人での取り組みが注目を集めそうです。

品川区の緑豊かな戸越公園内にある、品川区立環境学習交流施設「エコルとごし」は環境について楽しみながら学ぶ場として、2022年5月1日に開館しました。
実は昨年、「戸越公園」を取材した際、公園の散策ついでにエコルとごしのコミュニティラウンジとウッドデッキにお邪魔したのですが、公園の自然を生かした空間があまりにも心地よく、いつか取材できたら…と思っていたのです。

歩道から奥まった場所に建てられている「エコルとごし」。ガラス張りの入り口から戸越公園の緑が映り、親しみやすい設計となっている

エコルとごしを一言で説明すれば「環境について、体験型の展示やイベント、講座を通じて学べる施設」。しかし、館内はその一言では言い表せないほど、心を惹きつける要素がたくさんちりばめられています。

まず驚いたのは開館時間が7時〜21時30分ということ。
公共の施設には珍しい早朝からの開館。このような施設、日本ではなかなかお目にかかれないような気がします。

ガラス張りの入り口から階段を降りると開放感のあるコミュニティラウンジが広がる

エコルとごしの広報を担当する坂下冬子さんは「この建物は自然豊かな戸越公園との一体感を大切に設計されました。早朝から公園に来られる方にラウンジやウッドデッキを利用していただきたくて、7時からオープンしています。お散歩途中やお仕事前に立ち寄って行かれる方も多く、地域の方々に親しんでいただいています」と話します。

品川区の風景を壁に描いた「キッズスペース」床面の一部には、マニラ麻から作られた紙製人工芝が敷いてある

1階の広々としたコミュニティラウンジは高さ約6mの開放的な天井をはじめ、壁や床、天井や家具にも木がふんだんに使われています。まるで森林にいるかのような心地よさ。贅沢な木質空間にずっと身を置いていると、心がゆるんでいくのを感じます。人々の話し声は木の葉のざわめきのようだし、ラウンジに誰かが入ってくるたび、人が優しい風に思えてしまう…そんな有機的な空間。

1階のラウンジには約250冊が並ぶ環境シェルフ(本棚)もあり、エコや自然について学べる

エコルとごしの内装材には品川区が交流する全国7つの自治体のほか、東京の「地産地消」を目的に東京・多摩地区の建材も使われています。
木には湿度を一定に保つ働きや心身のストレス軽減がよく知られていますが、この施設では木材を積極的に利用することで林業の持続化や森の循環を促すことも目的としています。どこにどんな木が使われているのか、壁にさりげなく取り付けられているプレートでわかります。

ところで、エコルとごしを語るうえで切り離せないのが「ZEB(ゼブ)」。
この施設は東京都内の公共建築物で初めて「建築物省エネルギー性能表示制度(BELS) 」の「Nearly ZEB(ニアリーゼブ)認証」を取得した建物です。

ZEBとは、「Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」の略称で、快適な室内環境を保ちつつ、建物内で消費するエネルギーをゼロにすることをめざした建物のこと。Nearly ZEBは再生可能エネルギーを用いて自らエネルギーを作り出し、基準となるエネルギー消費量から75%以上100%未満を減らしている建物を示します。※ZEBには4つのランクがあり、Nearly ZEBは上から2番目のランクに該当

館内には省エネ・創エネを図る設備について解説するパネルも

エコルとごしでは建物のエネルギー消費量をゼロに近づけるために、空調や照明などに使われるエネルギーを大幅に減らしながら、太陽光パネルを設置して建物内で使うエネルギーを創り出しています。この「省エネ」と「創エネ」の組み合わせにより、今では98%のエネルギー削減を実現しているそうです(2023年度実績)。

毎日のエネルギー収支も「見える化」され、エントランスのモニターでは太陽光パネルの発電量や地中熱の温度変化、雨水の使用量がリアルタイムで表示されます。

エントランスにはリアルタイムの発電量や雨水の貯水量がわかるモニターを設置

戸越公園のたっぷりとした緑が滝のように流れ込んでくるガラス窓に採用されているのが金属の膜で加工された「エコガラス」。夏は暑くなりにくく、冬は暖められた空気を外に逃がさない役目を担っています。

カフェ風のラウンジでひときわオシャレで人目を引くのは、エコガラスの窓際に並ぶカフェ風のテーブルやチェア。
こちらは品川区に本社があるコーヒーストア「スターバックス」の店舗で役目を終えた家具をアップサイクルしたもので、エコルとごしと同社が企画したワークショップの参加者によって作られました。

抜け感のある天井をはじめ、各所には「LED照明」が配されています。
館内ではLEDのほか、人感・昼光センサーなども採用され、必要な時に必要な分だけ照明が使われるよう工夫されています。

建物の南側、戸越公園側にのびる約3mの「庇(ひさし)」も、空調の省エネに貢献しています。夏の強い直射日光を遮り、冬は低い位置から自然光が入ることで、ラウンジを暖めています。

エコにつながる仕掛けはまだまだあります。
夏や冬には冷房・暖房などで部屋の温度を調整しますが、このラウンジでは床に空調を設置し、人間が活動する高さ2m程度までを効率よく温度調整しています。この空調に用いられているのが、施設の地下約100mまで掘られた「地中熱」です。

地中熱とはあまり聞いたことのない言葉だと思いますが、これは2011年の東日本大震災後に、太陽光発電に次いで需要が急増した再生可能エネルギーの1つ。地面の下の温度は地表の気温変化の影響を受けにくく、 1年を通じて約17℃に保たれています。その長所を生かし、エコルとごしでは戸越公園の地中熱を熱交換し、空調設備の熱源として使用しているそうです。

池の他に渓谷や滝もある戸越公園の地中熱が施設に活用されている

さて、体験型の環境学習展示や多目的スペースのある3階にはエレベーターのほか、階段で上がることもできます。戸越公園の薬医門や樹々の緑が眺められる大きなガラス窓が片側を占め、さらに一部の壁には微小な風もとらえて自動的にスイングする「重力換気窓」が配されています。外気温と室温に大きな差がない中間期(春・秋)にはこの換気窓を活用し、自然の空気を取り込んで館内を快適な状態に保っています。「空調を使わない時期も、この換気窓のおかげで心地よさを肌で感じられます」と坂下さん。
また、日本古来の在来種である「キヅタ」が繁茂する壁面緑化が内側から見られるのも、この階段ならではの面白さ。

階段を通じて館内全体に風を通し、自然換気を促す自動的に開閉する窓も省エネにつながる

3階は環境学習展示のフロア。
地球温暖化対策をメインテーマに、自分と環境との関わりを楽しみながら学べます。
床から壁までダイナミックに映像が映し出される映像展示には2つのプログラムがあり、そのうちの1つ「バランスプラネット」は、3つのゲームを通して環境を守るために必要な3つのチカラを学ぶコンテンツ。光が点滅するリストバンド型のデバイス「バランスバンド」を手首に装着し、壁面をタッチしながら、都市と自然のバランスについて学びます。映像はオリジナルで制作したもので、オープニング・エンディングシーンには、品川区のランドマークも登場します。

ゲーム性がある体験型の映像展示。未就学児には「いきものタッチ」がおすすめ

常設展示のテーマは「トイカケのジカン」。
1秒、1日、1年、10年という時間軸を切り口に、地球にどんなことが起きるのか、私たちには何ができるのかを見つめ直す展示がなされています。たとえば、1日のコーナー展示。シャツや洗剤、調味料などが擬人化され、彼ら(彼女ら)の言葉がスッと入ってくる解説がなされ、環境への課題や解決方法を学べます。生活用品を擬人化することで親しみやすさが生まれ、身近すぎて気が付かなかったことを自分ゴトにとらえることができる展示内容についつい引き込まれるはず。

常設展示「トイカケのジカン」。1秒で、1分でこんなことが起こるんだ…と子どもも大人もつい考えさせられる内容だ
「1日」ゾーンでは車の視点で環境への影響について考えるコーナーも。面白い解説に引きこまれる!

また、館内各所にある展示パネルにも注目です。
パネルの材料はマウスや衣服、プラスチックのスプーンなどから生まれた再生材のほか、木や石、もみがらといった自然素材を組み合わせて作られています。どこにどんな素材から作られたパネルが使われているのか、探す楽しみがあります。

戸越公園を見渡せる3階の菜園デッキには、ボランティアメンバーと育てている菜園のほか「コンポスト」も設置されている

屋上に上がると、そこには288枚の太陽光パネルがズラリ!圧巻です。施設内で使う電力はこの太陽光パネルが生み出しています。太陽光パネルの奥には蓄電池が6機あり、さらには移動式の蓄電池も備えているそう。(※屋上はイベント時や社会科見学・視察時のみ見学可能)

屋上に平置きされている太陽光パネル。1日あたりの平均的な発電量は一般家庭11世帯分に相当するそう

個人的に、公共の施設にはハード面、ソフト面ともにちょっとおカタイ印象を抱いていました。けれど、エコルとごしは区の施設でありながら、そんなイメージをいとも簡単に払拭させるアイデアが空間に溶け合い、気持ちの良いエネルギーに満ちあふれています。

週末(不定期)には戸越公園にキッチンカーが登場!エコルとごしの太陽光パネルで発電した電力を使用し、エコな容器を用いる
取材日に出店していたキッチンカー「eat for」の「スパイスカレー スペシャル」(1,000円)。購入後はコミュニティラウンジや公園でランチタイム

坂下さんによると、エコルとごしは品川区へのプロポーザルの段階から設計担当の株式会社松田平田設計、展示・サインデザインを担当した株式会社丹青社、指定管理者として運営を担当するアクティオ株式会社の3社がじっくり構想を練って想いを1つにして取り組んできたそう。これも品川区の公共施設建設のプロポーザルには前例のないことだったとか。

広報担当の坂下冬子さん。コミュニティラウンジの本棚の前で選書した本とともに

3社の熱意は開館から2年を経た今も健在で、戸越公園と一体となった快適な空間や動線をはじめ、自分の生き方に落とし込めるわかりやすい展示、親しみやすくて至るところにやさしく配慮される館内スタッフの方々のお仕事に感じられます。

エコルとごしは2022年5月の開館から半年を経たない間に来館者が10万人を達成。年間来館者数は約23万人(2023年度実績)で日本全国はもとより、時には海外からも視察に訪れる人たちがいらっしゃるそうです。

3階のメッセージ展示「ミライのタネ」に展示されるポットやメッセージカードにも再生素材を使用

エコ、サステナブル、エシカル、SDGsなどの言葉は今や日常のものとなりましたが、その実態を自分ゴトとして語れる人はどのくらいいるでしょうか。ウーン…と唸った方はエコルとごしに足を運んでみてはいかがでしょう。心に一石を投じる体験が待っています。

information

品川区立環境学習交流施設エコルとごし
東京都品川区豊町2-1-30(戸越公園内)
03-6451-3411
https://ecoru-togoshi.jp