東京・城南地区には「新しさ」と「古さ」が同居する街がいくつかありますが、ニ子玉川もそのひとつ。ただし、多摩川や緑深い丘陵地帯など、豊かな自然が間近に感じられる点で、他の街とは一味違った個性を放っています。

二子玉川駅北側には再開発によって生まれた高層ビル群が立ち並び、洗練された暮らしを体現する街並みが広がる一方、1955(昭和30)年に商店会が誕生した二子玉川商店街が息づいています。ここには素朴な甘みを届ける和菓子屋や「ご自由に空気をどうぞ」の文字になぜかホッとする自転車屋、食卓を支える豆腐屋などが軒を連ね、今なお“庶民の味方”といわんばかりの昭和の温もりを残しています。

駅前の洗練された雰囲気から一転し、歩くとなぜかホッとする庶民的な二子玉川商店街
二子玉川商店街松原屋食料品店開店の様子(1962年)出典:WIKIMEDIACOMMONS

この辺りのランドマークにしてシンボリックな存在といえば「玉川高島屋」でしょう。
1969(昭和44)年12月、玉川高島屋ショッピングセンターが誕生したことは、この街のライフスタイルを一変させました。当時、都心に出かけなくても最先端のファッションや食が手に入るようになったことで、二子玉川はオシャレな郊外型ショッピングセンターのある華麗なる街へと変貌。

玉川高島屋S・Cに面した「西館ストリート」を地域に開かれ た空間へ。3本のフラッグがP.の目印

ちなみに、この高島屋の“同期”が、砧公園の隣に建設された、高さ100メートルの煙突をもつ世田谷清掃工場(1969年3月完成)。
高島屋が商業と文化の風を送り込んだとしたら、清掃工場はこの地域の暮らしを足元から支え続けてきた存在。高度経済成長期にこの両輪が動き出したことで城南地区を活気あるエリアへと押し上げたといえます。

そんな歴史と街の文脈を背に、玉川高島屋西館1階に2025年4月に誕生したのが、「大人のフードコート」をコンセプトにした「P.(ピー)」。
私たちの知るフードコートといえば、壁沿いにテナントが並び、好みの料理を注文したら中央のテーブルで食べる、あの光景。しかしP.に足を踏み入れると、その印象は一変。中央にお店があり、その周囲にテーブルやカウンターが配され、従来のフードコートの常識を軽やかに覆されます。

歩道にまで伸びるカウンターに意表を突かれた!「P.」にはPublic 、Park 、Peopleなど、街と人をつなぐ場所という思いが込められている
オープンキッチンを囲むテラコッタカラーのカウンターでは、調理の様子を間近に楽しめる

ここではペストリーやサラダ、モダンネパール料理のカレー、クラフトビールとバーガー、NYスタイルのピザなど、4店舗が多彩なメニューを提供。
飲食ディレクションを担ったのは池尻大橋のカフェ「Massif」で、P.には「Mini Massif(ミニマッシーフ)」として登場。自家製ペストリーや土壌再生に取り組むオーバービューの豆を使ったコーヒーなどを味わえる同店でランチに選んだのは、自家製リコッタといちじくを組み合わせたオープンサンドセット(2,700円)。お店のペストリー部門で焼かれたパンの香ばしさとたっぷりのったいちじくの甘みが絶妙で、見た目もこのフードコートの洗練さを感じさせる一皿です。

通りに開かれているフードコートには緑豊かな小上がりの席も設けられている
自然光に映えるMini Massifの「自家製オープンサンドセット」

訪れたのは長く続いた猛暑日からようやく解放された9月中旬。
Mini Massifの女性スタッフは「昨日まで冷房で締め切っていたんですが、今日から道路側の窓が開かれたんてすよ。風が通り抜けるので、開放感が感じられますよね」。
ハイチェアの並ぶロングカウンターの向こうに見える高島屋のショーウィンドウを眺めていると外の賑わいをほどよく感じ、中と外の境界が曖昧であることの気持ちよさを感じられるはずです。

横軸回転窓の下に伸びるロングカウンターでは、PCを置いて作業しながら食事を楽しめる

P.の魅力は、料理や空間だけではありません。たとえば、中目黒に本店を構える「ADICURRY(アディカリー)」のカウンターに座れば、オープンキッチンでスタッフが立ち働く様子を間近に眺められます。距離が近いと自然と会話が生まれ、作り手と食べ手の関係が有機的につながっていくよう。顔が見えるということは食の体験をこれほどまでに楽しく、豊かなものにする…そんなことを改めて教えてくれる瞬間です。

ADICURRYのカウンターから隣りのMikkeller Burgerのキッチンがよく見える。仕切りがなく開放的!
ADICURRYのバスマティライスを用いたカレー(1,870円)。P.の“食の多様化”を感じさせる

また、フードコートの裏手には4店舗が共有するキッチンが備わっています。
ADICURRYのスタッフに話を聞くと「皆で協力しあって、仲良くやっています」と笑顔で語ります。競合ではなくて共存。お店ごとの仕切りがほとんどない点もそれを表しているようで、小さなコミュニティのようなつながりが心地よい空気感を作っています。

鉄板で焼き立てのパテを用いるハンバーガーとビールの「Mikkeller Burger(ミッケラーバーガー)」
木のぬくもりを感じるテーブルやチェアに、コンクリートの壁一面のアートワークが鮮やかなアクセントを添える

ところで、日本のフードコートは、今まさに変革期を迎えているのかもしれません。これまでフードコートといえば、「早く、安く、手軽に食べられる場所」という印象が強く、子ども連れの家族や買い物の途中に立ち寄る軽食スポットのようなして役割でした。よって、メニューに並ぶのは麺類やカレー、牛丼といった手早く食べられるものが中心でした。

しかし最近は、街のカルチャーや地域の魅力を発信する、新しい場へと進化しているようです。その代表例が今年、大阪に登場したアジア初進出の「タイムアウトマーケット大阪」。1968年にロンドンで誕生したシティガイドメディア「Time Out」が手がけるこのフードコートは、ほの暗いムーディーな地下空間に関西を代表する17店と2つのバーが軒を連ね、ステージではライブが行われるなど、食文化とエンターテインメントを融合させた新しいスタイルを提示しています。

メディアの地元編集者が選び抜いたお店が集結する「タイムアウトマーケット大阪」

二子玉川のP.もまた、そうした潮流のひとつ。
昭和の風情を残す二子玉川商店街に隣接する玉川高島屋という街のランドマークに位置することで、地域の今を映し出し、食やカルチャー、人と人の交流場所として訪れる人々に新しい体験を提供しています。

大きな窓を開け放てば、街の活気や店内のざわめきが心地よい。テラス席と店内との間に隔たりがないフレキシブルな空間

けれども、ここに漂う空気感にはどこか懐かしさも含んでいます。
洗練された「ハコ」は最先端。しかし、人と人との距離感やふれあいは、むしろ縁側での語らいのような温もりに回帰しているように感じられるのです。

information

P.
東京都世田谷区玉川3-17-1 玉川髙島屋S.C. 西館1F
https://p.ublic.jp