バーネットの小説『秘密の花園』に登場する花園は、ひっそりと隠れた楽園のような場所でした。
実は現代の東京にも、そんな花園を想起させる場所があります。

世田谷区瀬田にある「フラワーランド」(瀬田農業公園)。
ほのかに昭和の匂いがするネーミングの花園は豊かな自然を抱く砧公園のほど近く。昼夜問わず交通量の多い環状七号線を少し入った場所に広がっています。

1986年に「花作りのできる公園」としてオープン。面積約8616.58㎡の敷地では旬の花々が季節を伝える

畑が点在する閑静な住宅地に突如として現れる花園は環七の喧騒を薄いヴェールで覆ったような隔絶感。はじめて訪れると、外界のざわめきなど一切知らない花々たちの聖域のような場所が隠されているとは思いもしないでしょう。

正門入口に立つログハウスの管理棟は、花園への扉。
2階建ての建物は小さな窓が可愛らしく、壁の「フラワーランド」と手書き風の看板が親しみやすさを感じさせます。ログハウスの前に設置されている大きなアナログ時計は、きっと近所の方々にも重宝されているのではないでしょうか。

ログハウスの管理棟の前には四季折々の花が織りなす美しい花壇が左右に広がる
管理棟の前庭にそびえる背の高い時計。よく見ると文字盤には動物たちのファンシーなイラストが!

管理棟から園内に一歩踏み入れると、視界を占めたのは花たちの饗宴でした。
その様子に目はしばらく釘付け、足は一歩も踏み出せないほど。深い嘆息がもれるばかりです。

それはまるで自然が紡ぎ出した芸術作品。目を奪われるような可憐なブルーのネモフィラ、ベルベットを思わせる質感の赤や白、黄色、紫色に染まったパンジー…。

初夏の訪れを告げるネモフィラ。びっしりと群生する様は水色の美しい絨毯のよう
管理事務所を抜けてすぐの池では鴨も水浴びを楽しんでいた

きもちのよい陽光の下、円形にデザインされた花壇では鮮やかな色彩がそこここを染めていました。
花壇の中心には高く伸びた金魚草がピンクや赤の花穂を風に揺らしています。
天にまっすぐ伸びるその姿は凛々しくて、周囲の可愛らしい花々をまとめるリーダー的な存在感。円形の花壇をじっくり楽しみたいなら、近くに木製のベンチが配されているので、ぜひ腰を下ろしてみてください。

園内で一番大きな花壇。四季を通じて、その季節の花が楽しめる
西高東低の緩やかな傾斜がなされた円形の花壇。中央部に向かって徐々に背の高い花々が植えられている

花の色味は人間が作る絵の具では決して表現できないもの。
生命力と躍動感が満ちあふれ、見る人の心をつかみ、揺さぶります。やはり、人間は自然には敵わないものですね…。

花に自然の神秘と偉大さを感じたのはずいぶん久しぶりのこと。花は普段の生活のなかにあるものなのに、自分は何も見て(感じて)いなかったのではないかーそんなハッとする思いを通り越し、少々痛みを伴う気づきが心に刻まれました。

犬を散歩させる風景もこの庭園に溶け込んでいます。
足元の犬たちは時折立ち止まっては、草木の匂いを確かめているよう。誰も否定できない平和な時間が流れています。

フラワーランドを訪れたのは4月中旬。
まだ葉を茂らせ始めたばかりのバラの株が整然と並ぶ一角も見つけました。

冬の寒さを耐え忍び、開花の時期を待ちわびるように、緑の葉っぱの間からのぞく固い蕾がわずかに膨らんでいます。華やかなバラの季節を迎える頃には、この日とはまったく違う景色に出会えるのでしょう。

ローズガーデンではバラの品種も紹介。バラの美しさを際立たせるため、足元には背の低い草花も植えられている

この小径は、「こもれびのみち」と名づけられた、木々に囲まれた静かで幅の狭い散策路。
赤やピンクの花びらが舞い落ちた道の両側には細い竹柵と背の高い木々が並び、やわらかな木漏れ陽を浴びることができます。耳をすませば小さな森の民のささやきが聞こえてくるかもしれない…そんなファンタジーの世界に誘うような空気に満ちています。

園内にはどこか懐かしい気分になる場所もあります。
手のひらサイズの苔玉たちが並べられた奥には水車小屋が静かに佇み、子どもの頃に親しんでいた昔話の世界へと誘われるよう。
人の手で丹精込めて作られた苔玉と自然が調和するその光景は、日本人が昔から大切にしてきた感性に深く訴えかけてきます。

レモンやミカンの木が立ち並ぶゾーンでのお楽しみは柑橘特有の爽やかな葉っぱの匂い。自然との一体感を感じることができます。

西門から眺めた園内。右側にはレモンやミカンが実る果樹が植えられている

敷地内の一角に建つ温室「育苗室(いくびょうしつ)」は、小さな命が芽吹く場所。
透明なガラス張りの建物の中には、整然と並べられた苗ポットや鉢植えがずらりと並び、職員の方々が丁寧に草花を育てています。
「このガラス温室は、いわゆる温室ではありません。花苗を育てるために使います」と書かれ、ここが花たちの命をつなぐ、大切な場所であることがわかります。

苗ポットの他、多肉植物の小さな鉢も。中は蒸し暑く、まるで植物園のような雰囲気

園内にはベンチやテーブルが点在し、自然に包まれながらランチを楽しむことができます。この日もお昼休憩を過ごす人たちの姿がありました。

フラワーランドでランチを過ごすなら、スターバックスやマクドナルドやおにぎり屋さんがある程度で、テイクアウトできるお店はそれほど多くありません。よって、訪れる際にはご自分でお弁当や軽食を持参するのがおすすめです(用賀駅に隣接するビジネススクエア付近にはキッチンカーが出ていました)。

フラワーランドでは園芸講習会が開催されるほか、花と緑についての相談も可能

今回立ち寄ったのは、用賀が本店の「あげ焼きパン 象の耳」。

こちらのお店ではパンを軽く揚げたあとに超高温で焼き上げるという独自の製法を取り入れており、余分な油が飛ばされているため、フワフワで軽やかな食感が楽しめます。

トッピングのバリエーションも豊富で、甘いスイーツ系からお惣菜系まで幅広くラインアップ。店内が混雑していなければ、1つのパンに異なる味を組み合わせることも可能です。テイクアウトもできますが、おすすめはやはり作り立て。ぜひ、店内に設けられたスタンディングのイートインスペースで楽しんではいかがでしょうか。

手前が「クリームチーズ&ブルーベリー」、奥が「お好み焼き味」のあげ焼きパン「象の耳」。外はさくっと、中はふわっとの食感が楽しい

瀬田フラワーランドは心がゆるやかにほどけていく、癒しの庭。
忘れかけていた花々の息吹や土のぬくもり、心の安らぎといった、人間に大切なエッセンスを呼び覚ましてくれる場所でもあります。

若芽が吹き出す初夏の花園は、さまざまな花が顔をのぞかせる楽しみが待っています。推しの花を見つけに行くのもよいかもしれませんね。じきに訪れる梅雨や夏の暑さを思うと、外歩きができる時期はとても貴重です。陽光の下、自然のなかに身を委ねてみませんか。

INFOTRMATION

フラワーランド(瀬田農業公園)
東京都世田谷区瀬田5-30-1
03-3707-7881
https://www.city.setagaya.lg.jp/02075/9134.html