目印は通称「タコ公園」こと、恵比寿東公園。
タコのかたちをしたスベリ台に目を奪われる公園の目の前に建つビル1階に店を構える「うどん山長(やまちょう)」は目的客でない限り、見逃してしまいそうな佇まい。
渋谷川に続く細い道沿いにあり、看板も控えめで、まさに隠れ家のようです。
しかし、12時の開店前には10人以上が並び、このお店の求心力を感じずにはいられません。

店内に入ると、木と白を基調にしたモダンな和の空間が広がっています。
シンプルでぬくもりのあるお店のBGMには軽快なジャズ。一瞬ここが、うどん専門店であることを忘れそうになります。
山長では、100年以上の歴史を誇る大阪・黒門市場の鰹節問屋「山長商店」の本格的な鰹節や昆布などでとった出汁を用いたうどんを常時17種提供。
席に着くと、厨房からたなびく出汁の良い香りがふわりと漂い、まだ何も口にしていないのに、体がゆっくりとほぐされていくのを感じます。古くから海の幸、とりわけ出汁の文化に親しんできた日本人のDNAが反応するのでしょうか。

この日はランチに、「山長セット」(2,000円)と「山長ひと通り」(2,000円)をオーダーしました。
前菜三種盛りは、だし巻き玉子、鰹のたたきの薬味盛り、牛すじ煮込み。居酒屋の定番メニューを思わせる顔ぶれでありながら、どれも主張しすぎることなく、主役はあくまでこの先に控える、うどんであることを告げているよう。

山長セットのメインは大海老天薬味うどん。
この日は鰹だれと胡麻だれが楽しめる、「おためし」を選びました。つややかな麺の脇には、海老天をはじめ、舞茸や茄子の天ぷらが並び、卓上に華やぎを添えます。箸を伸ばすたびにサクッと軽快な音をたてる衣の香ばしさが重なり、自然と頬がゆるみます。

一方、山長ひと通りに選んだのはかけうどん。
透き通った出汁とうどんの麺だけという潔い組み合わせは、お店の真骨頂といえるでしょう。大海老や焼き芋、かぶなど、6種類の天ぷらも付いてくるので、ボリュームを求める方はこちらがおすすめです。

お店のうどんは細麺寄り、モチモチでシコシコ、むっちりとしていて、太めでやわらかな伊勢うどんの対極にあるような食感。
驚くのは、噛むたびに、舌が押し戻されそうになるほどの弾力。贅を尽くした出汁に丹念に作られた麺を合わせた1杯は力強さと繊細さが、趣のある器の中で静かに共存しています。

そして、忘れてはならないのが、この店の核ともいえる芳醇な出汁です。
店名にもなっている「山長」は、上方の食文化を支えてきた大阪・黒門市場に店を構える老舗の鰹節問屋「山長商店」に由来します。江戸時代の創業以来、ここに通う料理人や食通たちの厳しい舌に応えながら、令和の今日まで味と技を磨き続けてきました。
山長商店が主に用いるのは、名産地として知られる鹿児島県枕崎や山川で水揚げされたかつお。黒潮に育まれた身の締まったかつおを選び抜き、丁寧に節へと仕上げていきます。
そんな品質の良い鰹節をはじめ、他の原料からの旨み成分が染み出した出汁は舌に重さを残さず、口のなかに澄み渡るような旨みが広がり、心地よい余韻をもたらしてくれます。うどんの弾力のある力強い麺をしっかりと受け止めながらも、決して前に出すぎない奥ゆかしく、滋味深い味わい。それが百年を超えて受け継がれてきた、山長商店の出汁の真髄なのでしょう。

今も昔も、人々が無意識のうちに求めるのは、こうした丁寧に時間をかけて紡がれた味なのかもしれません。誠実に、手を止めず、黙々と積み重ねられたものだけが、人の身体や記憶に浸透していくよう。この店のうどんは、そんなことを語っています。
満員となった店内を見渡すと、インバウンドと思しき外国人や昼休憩中の人たち、若い女性のグループ、紙エプロンを付けて黙々とカレーうどんをすする人の姿がありました。
老若男女が国民食であるうどんと向き合う光景はどこか幸福感を帯びていて、人々の心と身体を解きほぐしていくような…きっとこれを日常という名の贅沢な時間というのでしょうね。

クリスマスから年末年始、イベント続きで少し疲れた胃を休めたい時。
あるいは、遠い故郷の安らぎがふと恋しくなり、あのあたたかな食卓を思い出した時に。
このお店のうどんは馥郁とした出汁とともに、そっと寄り添ってくれるはずです。
information

うどん山長
東京都渋谷区恵比寿1-1-5 エビスオークビル1 1F
03-3443-1701
https://www.instagram.com/udonyamacho_official