JR目黒駅から目黒通りの坂道を降ること数分。さまざまな業態の飲食店がひしめく小さな中洲の途中に入り口を見逃してしまいそうな、さりげないファサードを構えたイタリア料理店があります。『ミシュランガイド 東京』で10年続いて1つ星を獲得している「Restaurant L’asse(ラッセ)」。地階のお店に続く階段はエスカルゴもしくは巻き貝の密やかな内側に潜りこむよう。「食」の旅はここから始まっています。

照明が落とされた、ほの暗いフロアに充分なゆとりをもって配されたテーブル。壁にはカーニバルの仮面や運河に架かる石造りの橋などが描かれた、イタリアの水の都・ベネチアを彷彿させる絵画が配されています。

オーダーしたのは「季節のランチ フルコース」。黒で統一されたユニフォームをまとったサービスを担当するスタッフからドリンクをサーブされた後、目の前にはみずみずしいレタスが盛り付けられた前菜が。「手でそのまま召し上がってください」というそれはイタリアの串焼きをアレンジしたもの。手で食すと、翡翠色のレタスのなかにはイタリアンパセリのソースがのせられた豚バラ肉が隠され、隠し味にはイタリアの魚醤という組み合わせ。口に運ぶとジューシーな肉汁がじわりとしみ出し、豚バラのうまみを少し苦味を含んだイタリアンパセリのソースが引き立て、これから続く料理への期待に胸が高鳴ります。

パスタ料理は2種。麺にフェデリーニを用いたパスタはトマトベースのソースにサルデーニャ島のカラスミがふりかけられ、甘みと塩気のバランスが楽しめます。フェデリーニならではの細い形状の麺と濃厚なソースの絡み具合が絶妙。

「熱いうちにどうぞ」と運ばれてきた4種のチーズを使ったラビオリはお店のスペシャリテ。湯気がゆるやかに立ち上がるラビオリをスプーンですくっていただくと、ふんわりとした皮の内側に隠されたマスカルポーネ、パルミジャーノ、モツァレラ、リコッタのチーズソースの作り出す味わいに、しばし瞑目。本当に美味しいものに出会えた時に人は沈黙する…という言葉が胃袋に宿る瞬間です。このラビオリはラッセのオーナーシェフがイタリアに渡り、北イタリアのマントヴァ郊外にある三ツ星レストラン「ダル・ ペスカトーレ」で腕を磨いた経験に裏打ちされた味わい。

続いては、新潟産の山菜を付き合わせたスズキのソテー。切り口がオーロラのように輝くのは新鮮な証だそう。面白いのは肉料理用のラギオールナイフが添えられていること。柄から刃先まで、曲線が美しいナイフでアーリオオーリオベースのソースの上にのったスズキをカットし、口に運ぶまで、高揚感というエッセンスが添えられます。

肉料理は熟成させた鹿児島産黒豚のソテー。ナイフをスッと引くだけでローズカラーの肉の内側が現れる黒豚は、特注品の有田焼の器、燕三条の逸品「藤次郎」の脇差ともいえるナイフといったインパクティブなプレゼンテーションにひけをとらない、滋味のある旨みに魅了されます。

締めくくりのデザートはチーズケーキに、シュークリーム、フィナンシェ、バナナクリームを包んだチョコレート。どれも小さなポーションで、コーヒーとともにコースの余韻をかみしめる時間に寄り添ってくれるようです。

ところで、ラッセのオーナーシェフ・村山太一氏はミシュランの星付きシェフでありながら、お店の生産性向上のヒントを得るため、ファミリーレストラン「サイゼリヤ」でアルバイトをするバイタリティあふれる人物。スタッフの導線から清掃まで、サイゼリヤの効率の良いオペレーションをラッセに取り入れ、黒字経営を守っているそうです。

そんなオーナーシェフの気骨にも惹かれますが、実際にお店のテーブルに着くと、シェフの経歴云々といった思考は消え失せ、本能のまま料理を味わい尽くす時間を過ごせるでしょう。それは国内外のあらゆる場所で作られた(得られた)食材、器、カトラリー、技術、着想…そういったものが料理という名のもとに一堂に会し、人間に備わっている感覚を野生に還らせる瞬間、つまりは食の旅。地上へと続く階段を上がる時、心のなかを占めていたのはこの旅をまた経験したいという想いでした。

 

information

Restaurant L’asse(ラッセ)

目黒区目黒1-4-15 ヴェローナ目黒B1F

TEL 03-6417-9250

http://lasse.jp