さまざまな言語が飛び交う市の雑踏、発汗を促すほどの強い香辛料の匂い、串刺しの羊肉を焼く煙が立ち上る傍で始まるのは、着古した衣装をまとった曲芸師のやわらかな身体を生かした演目。

「キャラバン(caravan、隊商)」という言葉の響きが、まぶたの内側に誘うのはそんな光景。
交易が盛んな異国情緒ただよう街では毎日、夥しいほどの人の往来があり、「食」という人間の営みと「年月」「気候」「風土」という自然の摂理、見知らぬ旅人を客人として迎え入れる「おもてなし精神」がスパイスとなり、それらを熟成させることで豊かな食文化が育まれました。

今や渋谷を代表するランドマークとなった「渋谷スクランブルスクエア」の12階。
さまざまな業態のレストランがひしめくフロアのなかで、外観のバルメット文様と秩序よく並ぶクラシカルな手すり、店内から漏れるほのかな灯りがオリエンタルで、どこか妖しい魅力を秘めているお店があります。

それが地中海・アラビア料理店「CARVAAN TOKYO(カールヴァーン トーキョー)」。
ペルシャ語で「キャラバン」という意味をもつお店のファサードをくぐると、そこはまるでキャラバンサライ(隊商宿)の大広間を思わせる、非日常の空間が待っています。

入るとすぐに豪華なバーカウンターが。アラビアンなお酒を楽しむこともできる

グレイッシュなネイビーを基調とした店内ではオスマントルコにルーツを持つオットマンランプやエキゾチックな真鍮製のランプが灯されるなか、重厚なテーブルとチェアが並びます。一角には食卓を囲む幸せを象徴する大皿を飾った、希少な上海ブルーの煉瓦を積み上げた壁も。

お店の母体は貿易会社。店内には世界各国からアラビア調の調度品が集まる

店内に足を踏み入れるまでの喧騒をすっかり忘れさせる世界観を確立しているCARVAANで提供される料理は、キャラバンの民が旅先で交流することで生まれた食文化に通じるものばかり。
もし、たくさんの料理を少しずつ体験したいなら「アラビアン・ランチコース」(4,950円)を。地中海やアラビア諸国の伝統料理の数々を通じて、ハラール(イスラム法で認められているものや行為)の文化にふれることができます。

最初に運ばれてきたのは「アラビアのディップ3種とアラビアパン」。
アラブ諸国では「メゼ(前菜)」と呼ばれる、ひよこ豆、クルミとパプリカ、ナスを用いた3つのディップはどれもクセがなく、そのまま食べてもパンに付けても、美味しくいただけます。
ひよこ豆のディップはトルコでは「フムス」と呼ばれ、伝統料理の1つですが、発祥は東地中海のレバント地方(現在のレバノン、イスラエル、シリアなどがある地域)。フムスはオスマン帝国時代、領土となった地で人々の交流によって広まったのでしょう。

手前右から時計回りに「ひよこ豆」「クルミとパプリカ」「ナス」のディップ

続いて「レンズ豆のスープ」。
日本でもよく食べられているレンズ豆ですが、すりつぶすだけでこれほど味に奥行きが生まれることに感嘆。

サラダのトッピングにデーツやザクロが使われていることにも、イスラム文化を背景にしたセンスを感じます。
とくにデーツは、西アジアのメソポタミア文明や北アフリカのエジプト文明が栄えた紀元前6世紀頃にはすでに栽培されていたそう。聖典コーランに登場し、預言者ムハンマドの好物ともいわれ、イスラム教徒から大切にされている食べものです。

コースのメインはイスラムの食文化に欠かせない銅の大皿にのった「アラビアン・ターリー」(6種のおかず+アラビアンナッツライス)。
手前が日本でもお馴染みのケバブ(肉の串焼き)で、この日は鶏肉が使われていました。頑強そうな串もアラビアンなデザインが施され、キャラバンの民は毎日、豚肉以外の大ぶりなお肉を豪快に楽しんだのかも…などと(少々うらやましく)と想像。

緻密な文様が施された大皿に6品がのったメインディッシュ。これぞアラビアンな世界観!

ケバブのすぐ上の3品は、左からペルシャからインドに渡ったソロアスター教徒によって生まれた「ゾロアスターカレー」、「鶏肉とモロヘイヤのタジン」「牛肉とデーツのタジン」。
タジンはモロッコなど北アフリカ地域で食べられている蒸し料理ですが、とんがり帽子のような蓋がついた土鍋(タジン鍋)のまま、出てくるものと思っていました。が、タジン鍋を使った蒸し料理の総称が「タジン」なのだとか。

銅製の器に盛られたカレーやタジン(中央の3品)はどれもスパイスがたっぷり使われた個性的な味つけ

続いて「サーモン・クライメソース」(左)「モロッコ人参マリネ」(右)。
初めて名前を知り、食した「クライメソース」ですが、これはエルサレムで生まれたトマトベースのソースなのだとか。やわらかな仕上がりのサーモンの上には鳥の巣を思わせるサクサクのカダイフ。それらを酸味がかったスパイシーなソースを絡めていただくと、舌の上に悦楽が渾然一体と迫ってきます。

〆は「花蜜ミルクジェラート」。
カンボジアで栽培された椰子の花のつぼみから集めた花蜜糖を用いたジェラートは黒糖に似た深いコクを感じさせる甘み。飲みものはトルコの小鍋「ジェズべ」で出され、アラビア模様のカップでいただきます。

美しいカップで飲む食後のお茶やコーヒーはまた格別。砂糖の代わりにアガベシロップがついてくるのも面白い

さて、コースより手軽なものをご所望でしたら「アラビアン・ラム・バーガー」(3,300円)を。
特製バンズに挟んでいるのは羊肉のみのジューシーな肉厚パテ、2種のチーズ(フェタとモントレージャック)、2種のソース(タルタルとハリッサ)、タブーリ(パセリを主役にした中東のサラダ)と野菜類。バンズの3倍以上はあるグラマーな具材を目で楽しんだ後は専用のバーガー袋に入れていただきます。目の前にいるのが初めてデートする相手なら「全部、口に入れるなんてムリムリ!」などと心にもないことを言ってしまいますが、バーガーにかぶりつくアノ多幸感には叶わないはず。ぜひ、口を大きく開けてトライしてください。

バーガーを入れるアラビア文字がデザインされた袋は黒く高級感のある紙でできており、お店のこだわりが感じられる

五感を通じてアラビアの世界に浸った後は12階の展望室へ。
空の青さが雪崩れこんできそうなガラス張りの窓からは大規模な再開発が行われている渋谷駅周辺を真下に、その彼方には新宿の高層ビル群が一望できます。世界の大都市に見られるこの大廈高楼(たいかこうろう)な光景。それを目に宿しながら、ラクダや馬などともに砂漠やシルクロードを渡った古のキャラバンの民が現代のトーキョーにやって来たら、何に驚くだろう?と想いを馳せました。
地面が土でないことや交通手段もそうですが、彼らはきっと洋の東西を問わない食文化が根づいていることにも驚愕するのではないでしょうか。

アラビアの妖しい雰囲気から一転して、展望室からは都会の様相が眺められる。このギャップも楽しい
INFORMATION

CARVAAN TOKYO
東京都渋谷区渋谷2-24-12 渋谷スクランブルスクエア12F
03-6451-1772
https://tokyo.carvaan.jp/